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わがまま義妹ルチルの悪役離脱計画!~転生先は、おかあさんの夢小説~  作者: 弥生 知枝(やよい ちえ)
第1章 悪役転生の舞台は、まさかの母親の夢小説!

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第13話 嫌がらせその① 100枚のハンカチ刺繡と、住民記録の書写 1


 秘密の尊きお方は、とても暇を持て余しているらしい。


 初めてエリオッツと連れ立って我が家を訪れたラファエルは、何が気に入ったのか、あれから婚約者の定例茶会には必ず同席するようになってしまった。距離を取りたいわたしの思いとは裏腹に。けど、それが婚約者のお茶会を成立させるのに有効なのも確かな訳で。


 本日は、午後から婚約者二人の定例茶会の予定となっているわけだけれど……。


「先触れもなく失礼します」

「ラッ、ラファエル様!? はい!? いえ、本日のデメンテル伯爵令息様のお越しになるお茶会は、午後からですが……あ、いえ、そうではなくっ!

 前回お越しの際に、旦那様よりラファエル様へ、婚約者同士の交流を深めたいので同行はとうかご容赦をっ……と、申し上げていたと記憶しておりますがっ」


 我が家は、朝食直前の慌ただしい時間帯を狙って飛来した、尊い傍若無人天使に指令系統が大混乱だ。今、冷や汗をタラタラ流しながら、ラファエルの相手を玄関先でしているのは家令ただ一人。何せ《《尊いであろう》》お方だ。下手な使用人に相手をさせるわけには行かない。

 謎の尊いお方の相手は、本来ならお父様か、お母様がするべきなんだろうけど、二人は未だ身支度を整える前で、姿を見せられないのだ。


「確かに聞いたよ。だから同行はしないで、先行してやって来たんでしょ? それに今日は、ルチルに会いに来たんだけど、彼女はいるかな?」

「はい!? いえ、ルチルお嬢様はお出掛けでっ」


 しどろもどろに言う家令は、恐らくお父様とお母様からの指示を思い出したんだろう。今日こそは、ラファエルに邪魔されず、エリオッツとわたしの二人きりで茶会をさせろって云う。


「えぇ!? ルチルは、こんなに朝早くから出掛けているのかい? それって、昨夜からずっと帰っていないとしか——」


 大きく目を見開いて、驚愕の表情を取りつつ、微かに口角を上げたラファエルだ。わざと家令を混乱させようとしてんるだろうけど、わたしを夜遊びする不良扱いするとは。


「ひどい言い掛かりですわ。お客様にそんな誤解を与える言い方をされたら、わたしっ、悲しすぎます……。有能な家令である貴方が、お父様たちの溺愛するわたしの所在も捉えていないだなんて……。体調が優れないのでしたら、お休みになって下さい、ね?」


 トンデモ発言をした天使への苛立ちを押し隠し、困惑と、家令への心配を大袈裟に表情に乗せたわたしが玄関ホールに姿を見せれば、ラファエルはニコリと輝く笑顔に豹変する。

 わたしの頭の上では、キノちゃんが『言った通りにょ? キラキラが来るって』と、柄をそらしている。そう、今回の突撃はキノちゃんが事前に教えてくれたのだ。『キラキラが近付いてくるにょ』と。


「今日は、エルと、君の義姉(あね)上との茶会だっただろう? 婚約者同士の二人は楽しくやるだろうから、僕らも仲良く出掛けないかなって、誘いに来たんだ」

「あ、いえ、ルチルお嬢様には予定がありましてっ」


 わたしを連れ出そうとするラファエルに、家令が顔色を悪くしつつも食い下がる。尊き可能性のあるお方と、公爵夫妻の板挟みになっている彼には、ほんのちょーっとだけ同情する。けど、腹黒強引天使が相手だもの、お父様たちもそこまで家令に厳しい処断は下さないでしょ。


「ありませんわよ?」


 だから、心置きなくラファエルの手を取った。不本意ではあるけどね。


 そのままラファエルが乗り付けた馬車に乗って、わたしは——出掛けたと見せかけつつ、ラファエルと二人、こっそりと屋敷内に戻ったのだった。




 ◇◇◇




 高い位置に一つだけある窓から、午前の柔らかな日射しが降り注ぐ屋根裏部屋。傾斜している天井の隙間に造られた部屋は、簡素なベッドと物書きテーブルを一つずつ置けば、もう自由になるスペースがほとんど残らない。

 そんな小さな空間に戻(・)っ(・)た(・)わたしは、無心に刺繍を刺している。


「へぇー、上手いものだね。奇抜な色の蛇に……野趣溢れる花サボテン?」

「薔薇とリボンの愛らしい意匠です」

「へ、へぇぇ。斬新な構図を取り入れたんだね」

「我が家の書庫に保管してある、伝統意匠の図案集からモチーフを選びました」

「……へぇ?」


 刺繍枠の中の模様を凝視していたラファエルは、そこで初めてテーブルに開いてある本に気付いたらしい。


「良いんですよぉ、無理に褒めなくても」


 若干引き攣った笑顔で固まった彼に、べっと舌を出してみせる。


「本当に、二人は仲がよろしいんですね」


 突然割り込んだ声に、ようやくこの場が彼女の部屋だったことを思い出した。クスクスと軽やかな笑い声を立てるセラシアは、ふんわり柔らかな表情だ。


 これまで三度、エリオッツとのお茶会を妨害するお母様の企みから助けたことで、セラシアは随分と警戒を薄くしてくれたらしい。


「仲良くなんてありません。仕方なく懐かれてるだけです」

「それは心外だなぁ、ルチル? 僕たちは互いに利のある関係だと思ってるんだけど?」

「そうと言えば、そうですけどぉ」


 わたしからすれば、利益が得られる関係な訳でもない。ラファエルの身分を明らかにしないのは、両親が彼への口封じに、高い確率でやらかすであろう暴挙を防ぐため。そして、両親が、わたしと彼をくっつけようと考えないようにするため。


 危機回避なだけで、プラスの恩恵じゃないのよ。


「何か言いたいことでも、あるのかな?」

「いいえー? 表立って言えるモノではございませんわ」


 煌めかしい笑顔で圧を掛けられ、思わず唇を尖らせれば、同じく刺繍を刺していたセラシアが再び笑い声を上げる。人ひとりが寝起きするだけの用途で設えられた狭い空間は、テーブルを囲んで三人が向き合うことなんて不可能で。

 ベッドの縁にセラシア。唯一の椅子にはわたし。そして、お行儀悪く、机の縁に腰掛けるのがラファエルだ。


「丁度良かったわ。そろそろ休憩にしたいなって思っていたんです。ルチルお嬢様もご友人様と一緒に、お茶でもどうでしょう?」

「お義姉さま? ル・チ・ル・ですよ? 敬称を付けるのも、敬語も、おやめくださいっていつも言ってますよね?」

「けど」

「そうしてくださらないと、わたしだってセラシアお義姉様へ、敬語を使っちゃいますよ? ……ううん、グランフィルド家嫡流の正当なる血筋にあたるセラシアお嬢様に、庶流のわたしめにお声がけ頂けるなど恐れ多いことでございましたわ」

「まあ、それは困るわ! でしたら、大変心苦しくはありますが……ルチル、さん、で?」

「はい!」


 思わず満面の笑顔で答えてしまった。困り顔で眉を下げつつも、はにかみながらわたしの名前を呼ぶセラシアが可愛いすぎるんだもの! 小説では、精霊に愛される性質を持ち、精霊を使う稀有な存在だって設定なのも納得の、儚げ可愛い美人さんよ。


 ハンカチ刺繍を昨夜から今朝にかけて、100枚!

 セラシアと二人で取り組んだ甲斐あって、わたしたちの距離感も良い感じに縮まったわ。今回だけは、お母様の嫌がらせに感謝ね。

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