第14話 嫌がらせその① 100枚のハンカチ刺繡と、住民記録の書写 2
お義姉さまと二人で、100枚のハンカチ刺繍をひたすら熟す。
小さな花モチーフのワンポイントだけれど、結構な労力を必要としたわけで。昨夜は、日付が変わってから暫く。今朝は、朝日が昇る前からずっと刺繍し続けていて、時間の感覚も、場所も、色々訳わかんなくなってたのよね。確かに休憩するタイミングだったのかも。
なんでそんな事になったのか——
キノちゃんから、昨夜突然お母様がセラシアの所へ向かったって聞いて嫌な予感がしたのよ。
「公爵家の令嬢の責務として、慈善活動をすべきだわ。教会のバザールに出す、刺繍したハンカチ100枚を、明日中に仕上げなさい」
キノちゃんの誘導で辿り着いたお義姉さまの部屋。こっそりと覗けば、お母様が無茶振りしていたわ。不可能な仕事を押し付けて、セラシアのお茶会参加を妨害するつもりなのよね。
けど、そうはさせない!
お義姉さまを助け、刺繍を二人で完成させて、お茶会にもしっかり参加してもらう。お母様には、どれだけ仕事を押し付けても無駄だって悟らせる。
これぞ、文句なしの破滅回避策よ!!
「セラシア嬢の刺したカサブランカは、輝いているね」
『ピカピカ美味なるにゃー!』
ラファエルが、目を細めてベタ褒めする刺繍に、キノちゃんが勢い良く飛び乗って跳ね回る。
1秒でも早く仕上げたくて、家族や使用人の目を盗みつつ、セラシアと共に休憩を忘れて縫い続けた刺繍。それを、こんな浮かれきった毒キノコのダンスにダメにされては、たまったものじゃない!
「あら?」
キノちゃんを摘んで取り除こうとして、ふと視界に違和感を感じた。
花弁を丁寧に象った刺繍の上で、上機嫌にくるくるスピンするキノちゃんはいつも通り。けれど、その周辺に胞子……いや、細かな星屑が煌めいている。
異変に気付いたのは、わたしだけではない。
「わたくしの刺繍が、本当に、光を振り撒いて……る?」
目を大きく瞬かせるセラシアは、心底不思議そうに小首を傾げて、刺繍枠の中を凝視している。
まあ、わたしの視界には、両者の間にもう一つ、キラキラエフェクトで存在感を強化された派手派手毒キノコが居るんだけど。
「お義姉さま、えーっと、キラキラしているのは刺繍、ってことでしょうか?」
それとも、キノちゃん? の意味を込めて、コテンと頭を傾げれば、セラシアは「いやだわ」と呟きながら破顔する。
どっち!? 見えてるの!? 見えてないの!?
「まるで自惚れているみたいですね。自分の刺したものが輝いて見えるなんて。きっと気のせいですわ」
見えてなかったーーー!
その隣で「おや?」って表情を浮かべるラファエルだけれど、キノちゃんが見える方が少数派だ。っていうか、今のところキノちゃんが見える人間は、わたしの他はラファエルにしか心当たりはない。だから、主にわたしの頭に居座っているキノちゃんの存在を、不用意に言い広めないで欲しい。公爵家令嬢の端くれとして、その仕様はちょっと残念過ぎるもの。
「すぐにお茶を頂いてきますから、少しだけ待っていてくださいね」
ラファエルが余計なことを口にする前に、セラシアがするりと扉から出て行く。ちょっぴり照れ臭そうに頬を染めているのも愛らしくて良き、よ。さすがヒロインだわ。
なんて、ほっこりしつつ感心していたら、セラシアが向かった先から険を含んだ声が聞こえてきた。
「まぁ、お茶ですって!? 随分と余裕がおありなのね。私は貴女に、公爵家令嬢の務めである慈善活動として、ハンカチへの刺繍を任せていたはずだけれど。
こんなに早い時間から優雅にお茶を楽しむ時間が持てるなんて、随分と余裕があるみたいね。
なら、こちらもお願いしようかしら? もちろん、出来ないなんてことは無いわよね? 領地経営を任されたグランフィルド家の者なら、その領民にも目を向けて当然だと思いませんこと?」
キンキンと厭味ったらしく響き渡る高い声だ。
「あー……。お母様に捕まっちゃったかぁ」
はぁーと、溜息を吐くわたしに、ラファエルが「なに?」と、問いかけて来る。
「お仕事の追加ね。喜ばしいことに、今頼まれたのものはきっと、刺繍をしないお方の暇潰しにはなりそうですよ?」
「えぇーっ!? エルとセラシア嬢の茶会って、今日の午後でしょ!?」
「ですね。いつも通り、お義姉さまは教えられていない様なので、わたしがちゃんと伝えましたけど」
「ひどいなぁ。折角のルチルと一緒の茶会なのに、こんなに用事を押し付けられたら始められないじゃないか」
「お母様は、はなからそれが狙いですからね。エリオッツ様のお家へは、婚約者とのお茶会の名目で招待のお手紙が渡っているはずです。
けど実際は、急遽出席できなくなったお義姉さまの代わりに、わたしとエリオッツ様のお茶会が開かれることになるんですよ」
「その茶会が、本来の目的通り始まったら、僕とルチルも一緒に加わる手はずだったね」
そう。ラファエルには、セラシアたちの茶会への同席を頼んでいる。
「はい、是非とも。本心の見えない謎の尊きお方も、たまには役立つ案を考えられますね。断られていた同行じゃなく、同席なら問題ないと。今回ばかりは素敵な屁理屈です」
本当なら、押し付けられる仕事を片付ければ、セラシアは自由の身だ。お茶会に大手を振るって参加できるはず。その仕事は、わたしが手伝うことで達成を可能にした。けど、ここで懸念事項がもう一つあった。
その相手が、ついこの前までルチルに靡き、うちの両親の思惑通りに彼女を蔑ろにしてきたエリオッツだと云うこと。お目付け役が居なければ、折角セラシアを参加させても順当に二人の仲を深められるとは思えない。そこで天使の降臨だ。
「尊いラファエル様は、居るだけで交流お目付け役となりますから。デメンテル伯爵令息様が脇見をしないよう、睨みを利かせてくださいね」
わたしとお母様がこの公爵家にやって来るニ年前まで、公爵令嬢として生活してきたセラシア。わたしと年齢の変わらないセラシアは、そこから突然あらゆるものを奪われ、使用人同然の生活を強いられるようになった。
それでも、彼女の心根は素直で清廉だ。
「真っ直ぐな心根を持つお義姉さまは、どんな無茶振りや不当な扱いをされても、反発することも、不貞腐れることもなく、健気で真摯に全てを熟そうとするんです! わたしたちが助けなければ、お義姉さまは幸せを掴み取れません!」
何よりセラシアには、悪役ルチルを断罪する未来を選択しないように、穏やかに生きて欲しいわけよ。
「ルチルさん……わたくし、領地の住民記録を、書き写すことになったの。だからエリオッツ様とのお茶会は、わたくしの分も、皆さんで楽しんで?」
困ったような、儚げな笑みを浮かべるセラシアが分厚い冊子と紙束を手に戻って来た。
やっぱり彼女は不幸を嘆かない、前向きなヒロインらしい娘よね。
「ううん、まだ時間はあるわ! 頼りになる天使もここに居るし、みんなで片付けてしまいましょ!」
宣言すれば、ラファエルが両眉を上げて目を丸くする。驚き顔まで愛らしくて、自然とわたしの口角が上がる。
「なるほど? 僕は仕事が増えたときの保険の役割も兼ねていた訳だ。油断ならないね、ルチルは」
「だって、わたしはワガママですから!」
腹黒の鼻を明かせたのも嬉しくて、弾む声を上げたわたしに、ラファエルは「やっぱりルチルは面白い」と呟いて——
エリオッツがやって来る半刻前。ようやくわたしたちは仕事を終えて、堂々と4人のお茶会を開いたのだった。




