第7話 イケメンが意味もなくイケメンな理由はない。これぞ悪役が「ざまぁ」される物語の理!
午前のさわやかな日差しが降り注ぐグランフィルド公爵邸のエントランスホール。
使用人らに見送られて出掛けようとしていたわたしの目の前で、扉が大きく開かれた。
晴れやかな笑顔と堂々たる身のこなしでホールに姿を現したのは、いつぞやのキラキラ傍若無人天使。そして今ひとり、エリオッツも当然の顔で――いや、少々やつれた様子で付き従っている。
「これはこれは、デメンテル伯爵令息様? 本日はルチルお嬢様とのお約束で?」
慌てて屋敷の奥からやって来た家令が、怪訝な視線を訪問者二人の間で行き来させる。呼び掛けた名は、金髪天使の背後に従うエリオッツ・デメンテルのもので、もう一人の悠然とした佇まいの金髪天使のことは未だに分からないらしく、エリオッツに問う視線を向けている。
「いや、今日はエルじゃなく、僕がルチル嬢に会いに来たんだ」
すかさず闊達な声で応えたのは、正体不明の天使だ。正体を明かさずに押し掛けている現状に、後ろめたさは微塵も無いらしい。煌めかしくも愛らしい笑顔に、家令の表情も僅かに綻ぶ。さすがルチルと同じく、庇護欲そそらせて我儘を通す属性の持ち主ね。
けど、同族のわたしは騙されないわ。その傍若無人天使は、ただのイケメン不審者であるのみならず、わたしを破滅に追いやるであろう要注意人物なんだから!
悪役が「ざまぁ」される物語で、イケメンが意味もなくイケメンな理由はない。物語——こと、乙女の夢を具現化したラノベでのイケメン達は、すべからくヒロインを助け、共に光り輝く未来を掴み取ってゆく役割が与えられている。前世、ウェブ小説を読むのみならず、書いてもいたわたしの経験値から導かれる結論よ。
「デメンテル伯爵令息様、随分と急なお越しですのね。生憎とわたしは先約がありますので、これで失礼いたします」
口元に微笑みを貼り付け、さっと視線を反らして、イケメン達の脇を通り抜ける。
婚約者の妹に簡単に靡く浮気男と、傍若無人天使ではあるけれど、二人とも顔が良いのよ!
すなわち、悪役ルチルを破滅に導くヒロイン側のキャラクターってことよね。
「待って、ルチルっ!」
エリオッツが、慌ててわたしに追い縋る。しかも、どこか鬼気迫る焦りを孕んでいる。くぅっ、簡単には逃がしてくれないのは物語の強制力!? けど負けないわ。
イケメンに見惚れる本能を押し隠し、冷静な表情を作って対峙する。
「デメンテル伯爵令息様の婚約者であるお義姉様なら、自室に居られますわ。ここ二日間お部屋から一歩も出ないよう、お父様から命じられていましたから。寂しい想いをされて居いるでしょうし、ただの婚約者の妹に過ぎないわたしに構っておられず、婚約者のもとへ向かわれるべきでは?」
「えっ!? ルチル?」
そっと小首を傾げた困惑の仕草で返したわたしに、エリオッツがギョッとして立ち竦む。そうね、これまでのルチルだったら、セラシア以上に自分を優先する彼に、ご褒美とばかりに甘ったるい鼻にかかった声の賛辞と、庇護欲そそる愛くるしい笑顔を向けていたんだものね。
「ルチル? もしかして、体の具合が悪いんだね!? だから、私の訪れと云うのにそんなに慌てて……治癒院へ行こうとしているんじゃないのか!?」
エリオッツの妄想が広がってるわ。
わたし、頭に毒キノコは生えてるけど、身体はピンピンしてるのよ。むしろ悪いのは、お花で埋め尽くされてたルチルの頭の方だろうけど、それは治癒院だろうと治せなかったでしょうね。
けどエリオッツは、わたしの内面が変わってることなんて気付いてもいない。だから両眉をへにょりと下げた心配でたまらない表情で、ピタリとわたしに付いてくる。
困り果てていると、援軍はけたたましい足音と共に姿を現した。
「まぁまぁまぁまぁ、エリオッツ様、急なご訪問で驚きましたわ。セラシアは体調がすぐれませんので、ルチルがお相手を致しますわ」
お母様だ。言いながら、わたしに目配せしつつ、エントランスホールに繋がる階段を急ぎ足で降りてくる。そうか、さっきまでのわたし達の会話は聞こえていなかったのね。ならば、好都合!
「大変ですわ、エリオッツ様! お義姉さまが、身体を悪くしていらっしゃるのですって!! 婚約者たるもの、すこやかなる時のみならず、病める時こそ労わるものと聞き及んでおります! 是非ともお義姉さまのもとへっ、行くべきですわ!!」
「えっ!? ちょっ、ルチル? それは結婚式の誓いであってっ、婚約者の心得とは違うと思うんだが!?」
いつものわたしと違いすぎる反応に困惑するエリオッツとお母様を置き去りに、勢いのまま外出を試みる。
「ルチル、待ってっ」
「え? エリオッツ様がいらしてるのよ、ルチルっ」
背後から二人の声が追ってくるけど、立ち止まるわけにはいかない。わたしは、イケメンがもたらす破滅を回避して、新しいルチルになるんだから!
もう少し!
あと一歩で外!
ヒロインからの婚約者横取りを回避して、イケメンに脇目も振らず、平穏に人生を全うする女の子になるんだからーーーーー!!
「いや、急ぎなのに足止めするのは悪いよ。僕も一緒に行くから」
真横で声がした。ギョッとして視線を向ければ、早足のわたしに並んだ天使が、柔らかな笑顔でこちらを覗き込んでいる。
可愛さ攻撃に、思わず見惚れそうになるけれど絆されないわ。正体不明のイケメン枠なんて悪役には不穏な存在でしかないから!
「いえいえ、わたしの用向きは、他の方が楽しめるものではありませんから。お屋敷でデメンテル伯爵令息様と共に過ごしてくださいね」
即座に断りの言葉を告げたわたしに、天使が大きく目を見開き、心底驚いた表情を見せた。真っ当な令嬢の言いそうな言葉なのに失礼ね、と唇を尖らせれば、天使は微かに片方の口角を吊り上げて「ふぅん?」などと呟く。
何!?
その面白い玩具を見付けたみたいな顔は!?
わたし、もしかしなくとも、キラキラ天使の地雷を踏んだ……?
会話が聞こえているはずの、扉横に立つ家令は、前回同様ほわほわした表情でわたしたちを見守っている。ダメね。キラキラ天使に完全に堕ちていて、防ぐべき不審人物の接近とは捉えてくれていないわ。
「僕だって、やっと実現できそうな婚約者同士の茶会に加わって、邪魔する真似はしたくないんだ。それに、君と居たほうがずっと楽しそうなんだから」
家令に見守られ、わたしがまごまごしているうちに、天使は至極真っ当な理由を告げ、さらに声を落として顔を近付けて来た。
「ね? キノコのお嬢さん」
「なんっ……! 見えてるの!?」
慌てつつも小声で返せば、油断ならない柔らかな笑顔が返ってくる。
「力に満ちた赤に煌めく君のこと? それとも、黄色くて愛らしい姿のこと? さすが、精霊使いシャレードの血筋を引き継ぐグランフィルド家のご令嬢だよね。とっても興味深いよ」
「わたしに憑いてる毒キノコが……見えてるのね」
平穏とは程遠い要素とは距離をおきたいのに。黄色い毒キノコに取り憑かれ、正体不明の傍若無人天使なイケメンに纏わりつかれるなんて、思い通りにいかなすぎる。
どうやらこの『キミハナ』の世界は、どうしてもルチルを破滅に導きたいみたいで――
おかぁさん、ルチルに付いた悪役のタグは外れないんでしょうか!?




