閑話 式神鬼助の数奇な運命 ~異界の姫が希うは、ただ一輪の笑み~【後編】
夜更けになり、ひと仕事終えた私と主は、堂々と大路を六芒屋敷へと向かって歩を進めていた。我らの周囲には、主を敵から護り切って興奮冷めやらぬ式神たちが、今だ多く侍り、飛び交っている。
「我はかように多くの友に囲まれて、幸せだのう」
声を上げていつになく上機嫌に笑う主に、式神たちも心を弾ませた——
刹那
太陽が堕ちて来た。いや、そう錯覚する黄金の強い光に視界を覆われた。
何が、と思う間に「してやられた」と主の忌々しげな唸り声が響く。
「鬼助よ、聞け!」
目を焼く黄金で視界を遮られたままの私の耳に、主の大音声が飛び込んで来る。
「我は、これまで幾度と無く我を攫おうとする神々を往なしておった。だが彼奴等、此度の騒ぎでヌシに標的を変えたらしい。済まぬ、我が油断しておったせいじゃ。異界の神の手に包まれた今となっては、流れを止められぬ。じゃがヌシは、我と魂を分かつ自慢の友じゃ! 神なぞには負けぬと信じておる!」
主の声はまだ聞こえるが、地面を踏みしめた感覚が薄れ、全身が浮遊感に包まれている。どうやら、主の言う「異界の神の手」に囚われた状態の様だ。
遠ざかって行く主の声が、餞の言葉を紡ぐ。
「我が比類無き強き友、魂の片割れよ永遠なれ!
元柱固具、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い、奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固具、安鎮を得んことを、慎みて五陽霊神に願い奉る」
それは、毎朝主が唱えていた、身の安全を寿ぐ祈り。身を律して正しく生きよとの壮行の言葉。なればこそ、私は攫われた先のこの世界で、無辜の民を救うべく、主から与えられた力を遺憾無く奮った。私を作り、育ててくれた主の尊き意思を継ぎ、護るために。
後に知ったが、あれはこちらの世界で『精霊』と呼ばれる物の怪による、勇者召喚の術だったらしい。
王の統治する転移先の王国では、第五王女であった紗麗人が、彼女の生誕以来ずっと王国を脅かしてきた『闇獣』と呼ばれる小鬼を退治したいと、日夜精霊に祈り続けていた。彼女が祈り続ける中、精霊らが彼女の声に応える機会が増えて行き――そしてついに
黄金の光を伴った、私の召喚に成功したのだった。
私には、式神ならではの身体能力の高さのみならず、主より引き継いだ仙術の能力も備わっていた。だからこそ、常人では闇獣には届かない剣の切っ先も当てることが出来た。
ただそれよりも――
「オズ! 遅いわ!! 早く行くわよ!」
「待て、君が剣を持ってどうする⁉」
「オズが居てくれるでしょ? どこでも付いて来てくれるでしょ? だから大丈夫よ!」
人一倍強い正義感と博愛の精神を持つシャレードが、本能の赴くまま突き進む。王族から見向きもされない第五王女と云う弱い立場から、王国を護る稀有な精霊使いの能力に開花した彼女は、闇獣討伐の部隊の先頭に立ち、自らの身を顧みない無茶な戦いを繰り返した。
「オズ! 闇獣の群れに突っ込むから、援護をお願い!! わたくしの背中は、預けたわ!」
「言うと同時に突っ込むな、待て!」
「オズが追い付いて来て!!」
呆れるほど我儘な彼女だったが、何故か嫌な気はしなかった。
どころか、自分をひたすらに頼り、心の支えにする彼女の甘えは、私を一己の存在だと自己肯定感を高めてくれたし、眩い笑顔で信念に向かって突き進むシャレードに、影に生き続けた自分にはない輝きを見付けて――手放したくないと思った。
そうして、共に戦い続け、ようやく訪れた凱旋の今日。
大群衆に囲まれる中、二人きりの馬車の上で、私だけを明るい瞳に映した紗麗人が笑う。
「そんな仏頂面をしてたら、折角の男前が台無しよ? わたくしを助けてくれた勇者はこんなに逞しくて、格好良くって、素敵なんだからって、国中の人たちに自慢したいんだから! 笑って!」
かつての主と同じことをこの隣の巫女は言う。
信奉する主の言葉と同じ。けれど、心を鷲掴みにされ、気持ちの全てを惹き付けられる強烈な感情は、主に感じたモノとは全く別のモノだ。
「私は笑わぬ。心を許すのは、お前ひとりで充分だ」
「んなっ! んもぉ、こんなところで公開プロポーズなの⁉ 不器用だと思ってたら、ほんと貴方って……」
それから、私たちは揃ってこの地を離れた。
第五王女であった彼女は、嘗ての家族の元に戻れば、王国を再興する縁談が用意されていた。けれども父王からの命を「この人以外に無いって、熱烈なプロポーズを受けたので」と、頑として受け入れず、どころか影の者や兵士を使って強引に引き留めようとする国から出奔してしまったのだ。私の手を引いて。
二人の行く先には多くの人々が付いて来た。
やがて私たちが留まった場所には、村が出来、街が栄え、大きな国に育った。
人間ではない私の容姿は、この地に辿り着いてから微塵も変わることは無かったが、紗麗人が年老いて儚くなった時、私は子等に国を託し、そっとその地を離れた。
彼女の魂を追い求めて、嘗て生きた世界に舞い戻り、再び彼女と生きることが出来た。何故かその世界での私は、人間として年老いて行く存在に変化していた。
もしかすると、主が私を「人間」として生かそうと、要らぬ世話を焼いた術式を組んでいたのかもしれない。
けれども術で出来上がっていた私は、完全な「人間」になることは無かった。再び精霊に運ばれた先の世界でも、私は同じ姿で、元からの記憶を持ち合わせていたのだから。
ただ、『勇者の眼』と呼ばれた私の仙術だけは、嘗て紗麗人と設けた子らの末裔に引き継がれ、再び生を受けた私からは消え失せていたようだった。
だが、構わない。
彼女さえ、側にいてくれるのなら。
私を一己の存在だと認めてくれ、心に温かな熱を宿して、私を人間にしてくれた彼女が存在するのなら。
主よ、私をこの世に送り出してくれてありがとう。
幾星霜も越える感謝を貴方に。
紗麗人よ、私に心をくれてありがとう。
悠久の時を超えた信奉を貴女に。
ありがとう。
閑話 式神鬼助の数奇な運命 ~異界の姫が希うは、ただ一輪の笑み~
― 完 ―
「お父さん」に生まれ変わる前の「勇者オズ」は、実は転移者で某高名な陰陽師の式神だった。そんなお話でした。
彼がとことん不器用な性質なのと、顔がずっと変わらない理由は「生粋のヒト」ではないから&精霊の強制力に負けない、主たる陰陽師譲りの強い力を持っていたから。
そんな彼を異世界に召喚したのは、シャレードの「闇獣から世界を救いたい」との願いを叶えようとした精霊たちなのですが、そもそも闇獣が増えて力を持ったのは、シャレードが生まれてキラキラの素を振り撒いたから・なんですよね。本作は、なんとも困った因果の輪のお話でもあったのでした。
近いうちに、ルチル&ラファエルの閑話も書きたいなぁ、と思っております。お楽しみに!
――と言いつつ物語はひとまず完結表示とさせていただきます。ご愛読、ありがとうございました!




