閑話 式神鬼助の数奇な運命 ~異界の姫が希うは、ただ一輪の笑み~【前編】
閑話一作目は、本編では詳しく触れられなかった、「勇者オズ&お父さん&ミカエル」の原点となる人物のお話です。
本編とは異なる趣の物語を、お楽しみください。
小角 鬼助。
忘れかけていた私の名。
「勇者オズ!」
「オズ様、万歳!!」
「勇者オズ様、精霊使いシャレード様! 平和をありがとう!」
今ではすっかり見慣れた煉瓦と木材を組み合わせた簡素な造りの住居。その家々が立ち並ぶ大通りは、道の両脇、家々の隙間を人々が埋め尽くし、大歓声に包まれている。
花畑の如く、美しき輝く笑顔が溢れた中を、何百人と連なる兵卒と共に進む。
数日前までは、急造の小屋が町のあちらこちらに目立ち、住処を、村を失った人々が暗い表情で彷徨う有様だった。
「この笑顔は全部、オズの献身の賜物ですのよ。人知れず成しておられた、長年の闇獣討伐の成果が、この大きく花開いた人々の笑顔なのですわ」
隣に寄り添って立つ巫女・紗麗人が、柔らかな微笑みで周囲を見渡しながら弾んだ声を上げる。
途端に、彼女の側で光の欠片が弾けた。いつも彼女を包む不思議の光は、余程強く輝かない限りは私にしか見えていないらしい。この美しい光景が、見られない数多の者たちには同情する——いや。私にしか見えないことに、密やかな歓喜と、愉悦感が湧き起こる。
「どうしたの? じっとわたくしなんかを見詰めて。皆がわたくしたちに感謝の声を上げてくれているわ。だからほら、笑顔でみんなに応えてあげましょう」
「紗麗人。お前はみなに優しすぎる」
「シャレードだってば。なに? ヤキモチ? ふふっ、こんな時に」
軽口を叩く姿までもが美しく、更に薄く頬を染めた姿に、再び細やかな光が舞い散る。
私たちが立っているのは、腰までの高さの囲いが設けられた馬車の上だ。前後を征く兵士の群れより身体半分が上方に飛び出して、人々の注目を集める状態になっている。更に元より仰々しい文様と地塗りが施された馬車が、大振りの花々で飾られて、乗る私と彼女をコレでもかと目立たせた。
凱旋行列の目的地は、この町の中央に位置する広場。
最初に小鬼どもに徹底的に蹂躙されたのは城だったから、今では形も残ってはいない。近隣一帯に幾つも点在していた町も、闇獣と呼ばれる小鬼どもに破壊し尽くされて、残されたのはこの町だけだった。そんな、最後の砦とでも呼べる場所を護った我々への歓声は凄まじい。
我々は、対抗不可能と大軍隊が諦めかけていた小鬼討伐の盤面を、たった二人でひっくり返したのだ。
紗麗人は、小鬼を花に変化させる仙術で。私は異界渡り以前より、研鑽して来た剣の腕で。決定打に欠けた小鬼退治は、私たち二人の並ならぬ能力によって、完全に形勢を逆転させた。
「神の御意思に踊らされ、この異界に攫われた私だ。彼らの娯楽のもと、小鬼との戦に明け暮れ消え逝くのみと覚悟していたが、よもや終わりが来ようとは……」
ぽつりと呟けば、傍らから伸びた優しげな手が、そっと私の手の甲を撫でた。
◇◇◇
人知れず敵を討ち、悪意の芽を刈る。夜闇に紛れて行動し、顔を隠して生活する。
この世ならざる私であればこそ課せられた宿命だと、一切の疑念も抱かずに我が主に仕える日々を過ごしていた。
帝からの勅命で、どんな刺客も呪術も退けてしまう政敵を葬る。それが稀代の陰陽師である我が主に課せられた、使命であった。
「そんな仏頂面ばかり貼り付けておったら、折角の男前が台無しじゃのう? 我の育て上げた式神は、かように有能じゃと、帝は勿論、数多の貴族共に自慢したいのだがなぁ? のう、鬼助? 面を上げて笑うてみてはどうじゃ」
見事大仕事を終え、帝からの招請を受けて宮廷に向かったある日。主は、背後に顔を伏せて影の如く付き従う私に、そっと苦笑を向けた。
「御戯れを。式神に過ぎぬ物の勲功は、仙術にてその魂を割り、作り出してくださった貴方様のものです」
御自らと同じ顔に我を作った酔狂な主ではあるが、その圧倒的な能力と慈悲深さに、我ら式神は尊崇の念を抱いている。だが、気安い言葉を掛けられれば、自分は特別なのだと心が躍ってしまう。
いかん、我もまだまだだ――そう心の中で呟いて、上がりかけた口角にぐっと力を入れる。
「あくまで影の体を崩さぬか。のう鬼助、我はヌシを物とは思うておらぬ。共に艱難辛苦を乗り越えた同志であり、掛け替えのない友だと思うておる。出自は我の魂や仙力を分けたものだったかもしれぬが、自我を持ったヌシは一己の存在じゃ。我の自慢の友が、その身を物などと卑下することは望まぬぞ?」
揶揄い交じりではあったが、真剣な声音で。それだけに、主の真剣さが伝わって、私は余計に「驕ってはならぬ」と気持ちを引き締めた。
「勇猛果敢なる武人、剣豪小角 鬼助。汝の獅子奮迅の戦振りは永劫に語り継がれるであろう! 滝を裂き、岩を貫き通し、雲を割り、天をも突く至高のその剣技は、正しく無双! 天下随一の者也! 弥栄、天晴じゃ!」
数多の貴族が参集した広い儀礼の間に、帝の声が響き渡る。
私はまさかの出来事に、目の前で静かに佇む主の背を眺めながら呆然と目を見開くしかない。
「対して陰陽寮の官僚に過ぎぬ貴様の傲慢さときたら、随所より良からぬ噂が響いて参るぞ? 配下に命じて宝物庫に手を付けただの、日毎寝所に得体のしれぬ者共を招き入れるだの……耳を疑うほどに、品性の欠片もない話の数々がのう?
ここまで醜聞に塗れた者を要職に取り立てておくことは出来ぬ。どうじゃ、そろそろ表向きは後進の有能な若者に任せて、そなたは隠居しては?」
予想に反し帝から発せられた言葉は、我が主を貶め、手足となって働くだけだった私を懐柔しようとする許し難いものだった。
「なにを!」
帝や緒貴族からの執拗で長い罵詈雑言の間に瞬沸した心が冷え、ようやく回り始めた頭で怒鳴り掛けた私を、主がそっと視線で押し留める。ゾッとする殺意を押し込めた笑いを、弓を象った唇に乗せて。
「我が気付かぬとでも思うておったか。呪力、武力を持った我を、煙たく思うておられる気配には疾うに気付いておりましたぞ。じゃが、我も白き獣でなく人として生きると決めた身。人であるなら人の世の理、身分の貴賤とやらに従うべく、脆弱で何の力も持たぬ感情は常の風物詩として無視しようと決めておったに」
切れ長の鋭い目に冷酷な光を宿した主が、吐息でそっと「急急如律令」と呪言を紡ぎ出す。
「怨敵消除」
言霊に呼応し、周囲に式神が溢れる。
主の命で解放された力の奔流に、式神たちが歓喜の声を上げ、怨敵に群がり——
翌朝。
嘗て尊き座の御簾の向こう側に着いていた男は、正気を喪った姿で道端の蝶に戯れる所を発見されるのだが、それは私の知ることのなかった別の話。




