第51話 おかあさんと娘。娘とお父さん&お父様。父と息子。それぞれのカタチ
「ルチルさんっ! 会いたかったわぁぁぁあ!!!」
王太子ミカエルの傍から、髪をラメで飾り立て、スパンコールドレスを翻してセラシアが吹っ飛んで来た。
いや、違う。
ひと月に亘って存分に磨き上げられ、国宝級の逸品と、一流の技術で整え尽くされたセラシアに、精霊がビッチリ纏わり付いた姿だった……。
素地が良い上で、王国の頂点を究めるプロに手を掛けられて、美しさが天元突破したわけね。結果、綺麗なもの好きな精霊たちを、惹き付けて止まない精霊ホイホイ状態になってる、と。
「お義姉さま、ひと月振りですわね」
「ほんっとよぉぉ! やっと家族が揃ったって言うのに、闇獣騒ぎを収めたその足でお城に連行の上、帰宅は許されなかったんですもの。二度の人生を一緒に過ごした、自分の顔より見飽きたお父さんの顔よりも、 “ ▓▓▓ ” に一刻も早く会いたかったんだからっ」
正面衝突の勢いで抱きついたセラシアに、押し倒されまいと両足を踏ん張って耐えはしたが、再会の感動は吹き飛ばされたらしい。
「落ち着いて下さいませ? お義姉さまこそ、お元気そうで何よりですわ」
宥める気持ちを込めて「どうどう」とばかりに、セラシアの背中を擦る。視線を合わせて、落ち着いた笑みを向ければ、セラシアは一瞬で表情を輝かせた。
「思春期の娘って、こうなのね! ツンデレ最高! 最強ねっ」
「おっ……お義姉さま? いえ、おかあさん? 本当に落ち着いて?」
頬を高揚させながら、クネクネと身を捩らせるセラシアのテンションが高すぎる。
おかあさんって、こんなだっけ? のアイコンタクトをお父さんに向ければ、深い頷きが返ってきた。
ラファエルに強引に手を引かれるままやって来た王城の一室。
そこは、公爵家の大広間より豪奢で広い会議室だった。何人もの騎士が部屋の隅に控える中、ヒュアツィンテ王国のお歴々が中央に設けられた長方形の会議用テーブルを囲んでいる。
国王陛下、王妃、第一王子、お義姉さま、宰相、法務官、三大公爵家当主——と、権謀術策に長けた古狸が顔を並べる。そこに現在進行系でクネクネ継続中のセラシアだ。
しかも、呆れた視線を向けられるどころか、視線を反らす、或いは柔らかな表情で見守られている。
「お義姉さまが、健やかに伸び伸び過ごしておられるのを拝見して、ホッと致しましたわ」
思わず溢せば、ミカエル王子が軽い溜息と共に苦笑を漏らす。
「シャレードの時以上に、セラシアの気持ちに精霊たちが大いに反応するからな。このひと月色々あったが……。セラシアに向かう悪意や、彼女を操ろうとする者は、まぁ、当分の間は現れることは、ない、だろう」
無い、がやけに力強かったけど、一体何があったのかしらね。
『キラキラ乙女の周りにいっぱい居る子は、みんな良い子だから礼返ししたにょ』
頭の上からキノちゃんの声が降って来る。それに追従して、セラシアにくっついていた精霊らが挙って声を上げ始めた。
『お花いっぱいにしたのー』
とある領主館が、一夜にして毒花に覆われた事件のことかしら。
『優しい音で囲んだのー』
とある伯爵家と、それに連なる家の当主と後継が、日夜耳元で鳴り響く正体不明の鈴の音に襲われるようになった、怪奇現象のことかしら。
『ピカピカ光らせたのー』
とある侯爵家ご当主の髪が、最近わざとらしくなったって、あの噂は……。
『ふわふわ柔らかくしたのー』
『ニコニコだけにしたのー』
『モフモフいっぱいにしたのー』
どれもが、ここひと月立て続けに起こった眉唾物の事件に結び付く。
なるほど、偉大なる精霊使いに仇なす者は、悉く痛い目を見た後だったらしい。
「兄上、それで今回はセラシア嬢と兄上の事で?」
「まあそうせっつくな、これからそれを説明しようと云うところだ」
「いいえ。僕とルチルの大切な時間が奪われてます。手短に。早く。直ぐに。要点を簡潔に。逃げられたら兄上のせいにしてしまいますよ?」
「あ、ああ、そうだな。いや待て。早まるな」
にこやかに黒い圧を放つ弟王子に、ただならぬ気配を感じたのだろう。ミカエルが慌てて言葉を取り繕うと、ゴホンとひとつ大きな咳払いをした。
「ルチル嬢に来てもらったのも、丁度良かったのかもしれんな。グランフィルド公爵には兼ねてより話していたのだが」
現父と、元父が静かに視線を交わしている。
いや、わたし何も聞いていないからね?
むっとした視線を二人に向けていれば、現父、元父コンビは目に見えて狼狽え出す。
親子の無言の遣り取りで、緊張感漂う長すぎる間に気付いたのは、これまた複雑な親子事情を抱える国王だった。
国王は、ラファエルの為に空けられていた席の隣に、わたしの席を設け、セラシアの暴走で崩れていた会議の体を整えると、徐に口を開く。
「我がヒュアツィンテ王国の総意として、セラシア嬢には建国の乙女に相応しき座に就いてもらうこととした。女王とすることはセラシア嬢当人の意思により否決となったが、王太子ミカエルの伴侶となり、この国を共に支えることとなった」
わたしの斜め後ろ、ラファエルの背後に立つエリオッツが、胸に右手を当ててそっと一礼する。どうやら、彼には先に知らされていたらしい。
「そして、その一族たるルチル・グランフィルドだが。既にラファエルから再三にわたっての嘆願は受けてはおる。が、同公爵家から同世代に二名もが縁付くことは望ましからぬことだ」
何を嘆願したのよ!? 聞いてないわ!
わたしを放したがらない腹黒天使が、どんな手を回していたかは知らないけれど。
キロリと横目で軽く睨めば「婚約者にしようとしただけだよ」なんて、あっさりと白状するし。ちょっとそんな気はしてたけど!
まあ、国王陛下の言うことも尤もだろう。この世界の貴族社会のバランスを考えたら、三大公爵家の一家門だけから王族を取り立てるわけにはいかない。三家門が牽制しあい、均衡をとって成り立つ平和を、崩すことにしかならないから。
「ならば僕は」
「まあ、待て。最後まで聞け」
「僕の存在を、丸ごと無視して秘匿した国の意見を聞く義理があるとでも?」
「朕は、親である前に、国王であるからな」
悲しさを滲ませた目を向けつつ、親子の情とは別に、国のために存在する立場を強調されればラファエルも口を閉ざすしかない。




