第50話 頬っぺたムニムニは解決の糸口⁉ ヒーハーウホウホで危機到来⁉
わたしは改めて周囲を見渡してみる。
「綺麗な景色の向こうには、植物で見えにくくなってはいるけど、周囲と隔絶する高い壁があって……。建物は、向こうに見える一つきりなのね」
遠景に高山と共に聳える王城の塔から、こちらを伺い見ることは出来そうだ。けれど、周囲の壁には人の出入りを許す造りの間口は見当たらない。遊歩道も庭園を回遊するだけで外への道を示さない。
壮麗なる隔絶せし空間——『天使の箱庭』と、ラファエルの言う意味が分かった気がした。
「害になりそうなもの、益になりそうなもの、人との関わりを減らして、ひっそりと暮らせば平坦な生命活動を送ることは出来る。けど、善悪のどちらもの刺激が排除された生活は、楽しいものじゃなかったよ」
経験を示す言葉選びだ。
もしかするとラファエルが、ルチルをはじめ、公爵家であるグランフィルドの面々にも把握されていなかった理由って……。
「僕は、建国の勇者オズの特徴を持って生まれた。第一王子に沸くこの国に。
どんな運命の悪戯か、兄がたった一つ持っていなかったオズの特徴『勇者の眼』だけを携えての誕生だった。
勇者オズの特徴を持つ者は、一人なら歓喜の声を持って迎えられる。兄のように。
けど、それが二人となると話は別だった。
僕の存在が表に出れば、王位の継承権を巡って国が割れる。
だから、僕はひっそりとここで生かされていたんだ。エルが君たちの元に行くきっかけをくれるあの時まで」
件のラファエルの兄について、改めて思い起こす。
兄——即ち、お父さんの風貌、ミカエル王子の姿、歴史書に残される勇者オズの描写。
これまで、意識してそれぞれの顔を比較したことなんてなかった。けど一旦気付けば、黒髪、細目、鋭く尖った鼻、意志の強そうな大きく引き締まった口元に、薄い唇……と、特徴が一貫している。
没交渉に近かったお父さんの若い姿と、断罪役だから苦手意識が先立って忌避していたミカエル王子、そして歴史書に出て来るただの偉人。そんな三人の顔貌なんて、同一人物だと判断できるほど頭に残っていないって!
「僕は疑問に思うんだ。何の浮き沈みも無い平坦な生活を手に入れて、ルチルは幸せになれるって言えるのかな……って」
生まれながらに、そんな生活を強いられて来たラファエルが言う。簡潔に疑問だけ。けど、その背景にはきっと、彼の生きてきた日々と同等の葛藤や辛苦、虚無が隠れていて。
「勿論、ルチルの考えを否定したいわけじゃないよ。尊重したいって思ってる。ただ、僕が……。
ごめん。ルチルに側にいて欲しい気持ちが、色々邪魔をして、うまく整理して話せない」
それでもラファエルは、物語の正ヒーローに据えられるだけの、賢さがあるから、不格好な感情は表に出さずに、綺麗に微笑む。
あぁ、もお! こんなところが不器用すぎて、突き放せないのよ。
「わたしは、お義姉さまみたいに光り輝く精霊を纏って、世界を救うヒロインじゃないわ。キラキラな王子さまの隣に立てる、キャラじゃないの。
生きるために我儘を貫き通すって心に決めた、毒キノコを侍らせる『わがまま義妹』なのよ」
「知ってる。勇者の眼のお陰で、他の人には見えないものが見えるから。毒キノコ精霊の『キノちゃん』も、ルチルがたまに作っちゃう毒キノコの密集体も。
とんでもないモノも、予想外の結果を作り出すコトも知ってるから」
気付いたら、世界に否定される『悪役義妹』として生を受けていて、孤立無援で足掻いてきたはずだった。けど、敵役のはずの彼がいつの間にか纏わり付いて、味方になってくれていた。
「だから、ルチルは面白い」
ラファエルが、またいつもの言葉を繰り返す。
けど、その一言が、わたしたちを予想外に繋ぎ止めている。
ラファエルには沢山助けられている。
危機に手を差し伸べてくれるだけじゃなく、物語ではあり得なかった些細な関わりにだって、この世界がわたしを悪役にするだけの場所じゃないって安心感をくれる。
「だからこそ、ルチルの邪魔はしたくない」
フワリと浮かべる笑みは、包み込む温かさに満ちていて、キノちゃんたちが歓喜するキラキラに溢れている。
ねえ解る? ただでさえ、気になって仕方のない相手から、そんな不器用なところを見せられたら——
「健気すぎるぅぅぅ! んもぉ! っとに馬鹿過ぎる! 馬鹿なんだから!! 馬鹿を言うのも大概にしなしいよねっっっ!!!」
しっかり気持ちを伝えない、取り繕うこの表情筋が悪者なのかしらねぇ、もぉ!
この頬よ!
何があっても、苦しいとか、辛いとかを一切見せずに、微笑んでみせるから、こんな所に閉じ込めても平気なんだって思われちゃって来たんじゃない!?
ちゃんと正直な気持ちが出て、辛いことは辛いって、嫌なことは嫌だって、周りに分かるようにした方が、きっと生きやすいんだから!
ふわりと緩めて、柔らかな表情に取り繕っちゃうのがいけないのよ!
この頬よ!
「るぅ、ひ、るぅ?」
「ひっ!」
間の抜けたラファエルの声に、我に返った途端目に飛び込んで来たのは、わたしの両手に頬をムニムニされた美顔だった。
「ラファエル様、こちらにおいでですか? 登城のお時間が……って、へぁっ⁉」
しかも、エリオッツがタイミング悪く姿を見せた。
天使の美貌を横伸びにした格好でわたしの両手が静止しているのを、しっかり目撃して硬直している。
「ルチル嬢⁉ 何をしているんですかぁぁぁ!!」
顔色を蒼白から真っ赤へとみるみる高揚させ、目を三角にして怒るエリオッツの姿は、正しく第二王子の側近の姿だ。ヒロインの婚約者のくせに、悪役義妹に篭絡されるポンコツキャラから、この人はちゃんと成長している。
わたしへの呼びかけ一つとっても、呼び捨てじゃなく、ちゃんと『嬢』って付く距離感が開いているし。良かった。うんうん。
「何か呆けて現実逃避してますけどっ! とにかくこの手はっ! お放しくださいねっ!」
わたしに触れず、何とか自分の主人の頬に無体を働く手を放させようと、ラファエルの頬を両手でパタパタ扇ぐ格好になっているエリオッツだ。やっぱり不格好な彼はヒーローキャラじゃない。
「ふぁあひいは(まあ良いさ) ほのははうひうほ(このままルチルも) ひっひょいひほぉ(一緒に行こう)」
何だかヒーハーウホウホ言うラファエルに、とてもイイ笑顔を向けられ、両手で頬に固定したままの手を掴まれた。
そのまま手を取られた状態で、共に王城へ連行されることになったんだけど?
この世界に留まろうって思った途端に、不敬で投獄なんてないよね? ね? ねぇ?




