第5話 破滅回避! 欲しがり義妹は、ヒロインとのお茶会を目論む。
キラキラ傍若無人天使が突然屋敷を辞したことにより、お義姉さまとエリオッツのお茶会は中止になった。
いつもぼんや……いや、おっとり優しいエリオッツが、キラキラ天使の言葉に即座に顔色を変えて追い掛けて行ったから。はっきり言って、エリオッツのあんな慌てた姿を見たのは初めてだったわ。ホントに、あの傍若無人天使ってば何者!?
とは言え、もともと無いも同然のお茶会ではあったけどね。主にルチルが邪魔をしまくったせいで、ゲフンゲフン。
「ただ、わたしのせいでお茶会が無くなるのも、破滅への悪路錬成になってる気がして、とっても落ち着かないんです。そんなわけで、お義姉さま。わたしとお茶会のやり直しをしましょう!
この際、ひとこともお義姉さまへの挨拶なく帰ったエリオッツ様は放っておいて、わたしと義姉妹の親交を深めようじゃありませんか!」
わたしの熱弁が届いていないのか、セラシアお義姉さまは丸く見開いた目できょとんと見返して来る。やっぱだめかなぁ、婚約者とのお茶会は嬉しいものかもしれないけど、欲しがり義妹とのお茶会なんて、何を寄越せって言われるのか心配すぎて嫌だったりする⁉
「ダメですか!? 我儘な義妹のお願いなんかは、聞いてもらえないんでしょうかっ!? けど、そこを何とかぁぁぁ!」
今ひとつ乗り気で無いセラシアに、拝み倒す勢いで声を張り上げる。すると、それまで目を見開いて無言のままだったセラシアが、ようやくにこりと笑みを向けてくれた。
「嬉しいです。ルチルお嬢様からお誘いいただけるなんて。けれど折角のお誘いですが、今のわたくしには……」
セラシアがそっと眉を下げる。
だめだ、この声のトーンの落とし方は、断り文句を続ける前振りでしかないはず。そう思ったら、自分の破滅パターンが色々脳裏を駆け巡る。貧民落ち、闇討ち粛清、離島送り、炭鉱送り、鉱山送り、ギロチン、娼館などなどなどなど。どれも嫌だ。
「やっぱわたしが、もう山ほどやらかしてるからっ……! ぅあぁんっ、今からリカバリーは無理なんだぁ」
「いえ、そうではなく」
取り乱すわたしとは対照的に冷静に言葉を紡ぐセラシアの方から、コツコツと戸板を叩く音がする。
「お茶会、是非にとの気持ちはありますわ。けれどわたくし、今はこの通り身動きが取れませんから」
粗相を行った使用人を罰する懲罰室。窓もないその部屋唯一の開口部は、扉に設けられた手のひらサイズの小さな窓だけだ。そこから射し込む僅かな灯りだけが、懲罰室の光源となっている。その弱々しい光が届かない部屋の奥などは、完全に闇に溶け込んでいて、心理的圧迫感は途轍もない。先ほどからセラシアは、そこから申し訳無さ気に顔の一部を覗かせていて……焦り過ぎて気付いていなかったわたしが、恥ずかしい!
「ふぁぁぁあっ!? こっ……この上は、この小窓からのお茶会をっ」
「ふっ」
小窓から堪えきれないといった笑い声が漏れて来る。セラシアとの距離が縮んだ気がして、わたしの気持ちもワクワク弾みだしたのか、いつのまにか二人揃ってのクスクスの合唱になった。
「反省が足りない様ね」
突然、氷点下の声が鋭い刃となって、セラシアとわたしの笑い声に突き刺さった。温かな笑い声はピタリと止み、地階にある懲罰室へと降りる階段を踏む音だけがコツコツと響いて来る。
小さなランプの灯りが、使用人を伴った人物の姿をゆっくりと顕わにしてゆけば、温度の無い声を発したのは、予想通りお母様だった。
声色だけで分かる。不機嫌だ。けど、それで萎縮してたのでは、実現しかけているセラシアとの仲良し進展お茶会が開催できない。ルチルに激甘なお母様なら、わたしのお願いは聞いてくれるはず!
「お母様、お声がけしたのはわたしです。お義姉さまとのお茶か——」
「あの女狐の血を引くだけあって、誑かすのはお手の物ね」
けど帰ってきたのは、激甘お母様とは思えない、嫌悪しか感じない言葉で。向けられているのは扉の向こうのセラシアなのに、甘やかす言葉しか聞いてこなかったルチルの身体が強張る。
「憎らしいこと。お前に流れるその血筋は、私から夫だけでなく娘まで奪い、取り込もうと言うのかしら?」
か細い灯りに反射するお母様の視線は、ギラつく鋭い光を湛えて、ひたと懲罰室の小窓に向けられている。
「そっ……そんなつもりはっ」
セラシアが、向けられた憎悪に動揺しつつ、何か言い募ろうとするけれど、いつも通りお母様は耳を貸そうとはしない。それどころか、言い訳を不快に感じたのか、語気は更に荒々しさを増す。
「お黙り! 言い訳など聞きたくもない。耳障りの良い言葉で、未だ私の大切なものを奪い続けるなんて! お前たち母娘がやってきた浅ましくも卑しい所業は、あの女が居なくなった今もまだ、私を苦しめているのよ!!」
わたしに直接怨嗟の言葉を向けられているわけじゃない。けど、鬼気迫るお母様の姿に、わたしは何も言えず、ただ立ち竦むことしかできない。
「申し訳……ございません」
運命に抗うと決めたのに、何も出来ないまま、セラシアのいつもの弱々しい謝罪を聞くことになってしまった。
こんな関係なんて、望んでいないのに。
無力感に打ちひしがれるわたしの目の前で、お母様に従順な使用人らによって淡々と作業が進んで行く。強く声を上げることも出来ないわたしが、唇を噛み締めている間に、板や工具が揃えられて、懲罰室の小窓が塞がれ始める。小窓を覆う板に釘を打ち込む金槌の音が、やけに大きく、無慈悲に響き渡る。
「やめて」ってわたしの言葉も、「お許しください」ってお義姉さまの言葉も、お母様には届かない。
転生前の記憶があったって、ただの小娘じゃあ大人の前では無力だ。
こんなんじゃあ、破滅回避なんて夢のまた夢。けど漫然と人生を送れば、きっと欲しがり義妹ルチルは物語の望んだとおりの悪役的結末にぶちあたる。
なんとか、物語の壁を打ち破りたいの!
物語にはない、運命を変える、わたしだけの力が――――――――!
ひょっこり、ひょこひょこ
薄暗がりの中で、唯一の開口部を閉じられてゆく扉に、わたしの頭の上で陽気に伸縮する姿が踊る。
「もぉぉおっ! わたしの窮状も知らないでっ!!」
腹立ち紛れに叫びながら影の主に手を遣れば、ぎゅむと云う質感が返ってくる。
わたしはその浮かれ切った毒キノコを、扉めがけて投げつけた。




