第46話 闇落ちとは? 堕天使ラファエルは降臨させない!
暗澹たる『絶望』とは相反するもの、即ち——キラキラハッピーなムーブ!!
「ラファエル様っ、私です! 『エル』と貴方様が愛称で呼んでくださるエリオッツです! 貴方様のお側に、ずっと私は居ります!!
どうかその瞳に、私の姿を映してください!! 私を見て! ラファエル様っ」
悲壮を湛えた表情で、美少年が超絶美少年に縋り付いている。
「ラフィ ✕ エル、尊いわ」
セラシアが頬を染めて、クネクネと身悶えしている。その隣に、一見憮然とした表情で立つのはミカエル王子だ。ただ目にしただけなら、奇行に走るセラシアを、呆れきって蔑んでいると見えるだろう。
けれど彼がお父さんだと知った今なら解る!
——あれは、見惚れて居るのよね。
魅入っているからこそ、自分の表情に気を遣えない不器用者。それこそが、お父さん。
混沌が繰り広げられている。そしてその中核を成す者こそが、わたしと、目の前で闇落ち寸前になってる天使様なわけで。
「ルチルに、とっての……僕は……」
途切れかけた言葉の断片を並べるラファエルは、昏い視線に何も映してはいない。
けれど、呟く瞬間だけは苦し気な色の光が宿るから、葛藤する心の強さはまだ残っているわけで。だから、自問自答する思考の余地のある今は、まだ堕ちきってはいないと言える。
この魔法みたいな超常現象や精霊が当然に存在する世界で、物語のヒーロー属性で伝説的勇者の眼の異能持ちな王子様なんて、とんでもない存在が闇堕ちなんてしたらどうなるのか……。しかも原因はわたしの言葉だったみたいだし、リカバリーしないと平穏が崩れ去る未来しか見えないわ!! 断固阻止なのよ!
「ラフィー?」
「……」
「ねぇ。ちょっと、ラフィーったら!?」
「……」
けど、独りでぶつぶつ言うくせに、こちらからの呼び掛けには何の反応もない。
「ラファエル様! 面白いモノを沢山見たいんですよね!? 私には何が面白いのか全然教えてくださいませんが、私はいつかきっと一緒に笑えるんだって、楽しみにしているんです!!」
エリオッツが、悲壮感溢れる声を張り上げる。同時に、わたしの肩をガッチリ掴んで離さないラファエルの腕をグイグイ引くけれど、ラファエルには何の反応も無ければ、わたしの肩を開放する気配だって無い。
つまりよ、わたしは闇色に染まったラファエルの両眼から逃れることも出来ず、だたヒーローの闇堕ちを観る特等席に固定されて居るのよ。
「ラフィー! 貴方が腹黒で秘密主義なのは分かってるけど、黙って恨めしげに見て来るだけじゃ、何が言いたいのか分かんないわ! ちょっと、聞こえてるの? ラフィーったらっ」
繰り返しても、声の調子を変えても反応は返って来ない。
強烈に落ち込んで、自分の殻に閉じ籠もるラファエルに、何だか腹が立ってくる。だって、悪役わがまま義妹だったわたしは、ソレを赦されなかったのよ?
「そもそも、闇堕ちって何よ。落ち込んでいたって、何も変わらないんだから。
それに、物凄く鬱々した空気を周りに撒き散らしてるだけて、周りがこんなに気にかけてくれるなんて、ズルすぎるわ!」
いくらヒーロー枠の存在だからって! 王子様だからって! 世界が自分の敵みたいな顔で、陰鬱になってるのが『闇堕ち』なんて格好いい言葉で許される存在になるだけなんてズルい!!
ぶわり
と、何かがわたしから抜け出た。心の叫びは上げたけど、こんなごっそり全身の力を削られる現象が起こるなんておかしい……。
けど、わたしには想いに反応する力に、覚えがあるのよ。
「まさか、創造力が仕事しちゃった……?」
呟きに答えを示すタイミングで、目の前のラファエルの背に、大きな翼が現れた。
キレイ。けど、何だかヤバい。
3対6枚の羽根は、天使と言うには妙で。荘厳で美麗な翼は、苦しげに震え続け、繊細な輝きを放つ先端から、光沢を失った黒への変化を進行させている。
——のみならず「コレ何〜?」と、ふよふよ近付いて来た精霊が、黒い部分に触れるや、さっきまとめて消し去ったはずのベネチアンマスク姿に変化し、まだ白い部分に当たって元のキノコ姿に戻る。
「え? やっぱ、闇堕ち……ヤバいかも」
落ち込むのはラファエルの勝手だけれど、その落ち込みに妙な力が宿ったのは、創造力が仕事をしたせいだ。責任は、もしかして……わたしに? まずいわ。
このままラファエルを、闇獣生産機に変化させるわけにはいかない。
闇堕ちを止めなきゃ!
呼び掛けには相変わらず反応が薄い。ならば、呼び掛け以外でのアプローチをするしかない。わたしの現状はというと、肩の位置はガッチリ固定されている。足は動くけど、ラファエルの腕で留められた位置から移動出来ない。
あとは……腕!
ぶんっと振り回してラファエルに、ちゃんと届くことには気付いた。そして、確認。
腕を少し引き上げる!
――ラファエルの腰に届いた。
もう少し上げる!
――ラファエルの胸に届いた。
まだ上がる!
――ラファエルの頬に届いた!!
これより上はっ……行かないっ、くっ!
試行錯誤を繰り返していると、ラファエルの虚ろな瞳に、微かではあるけれど反応が返る瞬間がある。ならばこの方向性で、ラファエルの反応ポイントを探って、突いてやれば良いのよ!
そんなわけで、手は一番反応のあった頬に固定。
けどまだ微かに瞳が揺れる程度だから、正気に戻すにはもっと刺激が必要ね! 他に使えるわたしの手段と言えば……。
「うーん……」
小首を傾げて考え、ヒントを求めてグルリと首を巡らせて周囲を見渡す。
って! そう、首! 頭っ!
「ラフィー! 世界や精霊に、『チートなヒーロー』の立ち位置を与えられた貴方が、『欲しがり我儘義妹』の運命に魘され、悪役回避に奔走し続けたわたしの前で『悲劇のヒロイン』ぶるなんて許さないんだからね!!
運命は、自力で捻じ曲げてでも、切り拓くものなのよ!」
叫びながら、会心の一撃を放つべく、背筋に力を込めて大きく身体を逸らす。
全身全霊を込めて、ラファエルへのありったけの想いを乗せて!
その胸に、喝を叩き込む!
いっけえぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!
「るち……ル?」
ポツリとラフィの声が——した。
カウンターだった。
額に伝わったのは、分からず屋の胸にぶち当たる感触ではなく、天使の唇が掠めた感触で。
その後で、ちゃんと予定通りの着地点には到達したわけだけど!
「——っっ!?」
予期しない唇の衝撃の柔らかさに、わたしはその場で硬直した。




