第45話 創作乙女セラシアは萌える
ヒーローの闇落ち。
その展開を考えなかったわけじゃありませんわ。むしろ、正義からの闇落ちなんて、創作乙女なら大好物じゃありませんこと?
けどその相手が、愛娘の想い人だったとしたら――
とてもじゃないけど推せない展開ですわ!
「ルチルさんっ! 闇落ちの原因はすべからく絶望ですわ! 防ぐためにも、相反するものをぶつけてくださいませっ!!」
ただならぬ様子のラファエル王子に両肩を掴まれて、オロオロするばかりのルチルさんに、声を張り上げて呼び掛ける。
もぉっ! そんなところはお父さんに似なくていいのに、歯痒いわ!!
とにかく近付けないから、気持ちばかりが急くのよ。シャレードだった時よりも、キラキラ光る精霊たちが多く纏わり付いて身動きが取れないんだもの!
ミカエル王子も、さっきの闇獣を相手にした時みたいに剣を振るって追い散らすことも出来ないから、困惑いっぱいの不機嫌にしか見えない表情で全身硬直しちゃってるし。ホント、生まれ変わっても、そんな本質的なところは変わらないのですわね。相変わらずの不器用さん。顔も、前世の若い頃と変わっていないですし。
「お義姉さまっ! 相反するものって何⁉」
「分かりませんわよ!!」
ルチルちゃんが裏返った声で必死に聞いて来る。けど物語の登場人物じゃなく、今の現実を生きる『ラファエル王子』のことは、いつもくっ付いていたルチルちゃんにしか分からないのに。
「おね……おかあさんの夢小説よね⁉ なんでわっかんないのぉぉ⁉」
「夢小説呼びは恥ずかしいからやめてくださいませっ!! とにかく、こんな展開は書いてませんもの! それ以前に、ルチルさんと、わたくしと、オズがここに居る時点で、世界はわたくしの創作とは完全に別物になっておりますでしょ!」
「あぁぁああっ! そうだった! そうよね、わたしは欲しがり我儘義妹な悪役じゃ無くなった脱物語展開のはずで――で、だったらなんでこんなハードな現実が起こるのよぉぉ」
あああ、ルチルさんったら! また口の形が変わるくらい、思いっきり頬を外に向かって引っ張ってるわ!
いつもなら、やんわり止めてくれてるラファエル王子のはずなのに……。ルチルさんの両頬が、あんなに真っ赤になってるのに何の反応もしないなんて、本当に異常事態よ!
「ルチルさんっ! ほっぺムニムニは相反するものでは無いわ! ほかの方法を、お試しになって!!」
「え? は? いや、これは試したんじゃなくて、クセで」
「ルチルも、セラシアもっ! 今話すべき相手は違うだろう!!」
思い掛けない声が響いた。
「エリオッツ様」
まさかの思いが強くて、確かめる思いで名を口にすれば、側のミカエルがぐっと唇を引き結ぶ。「そう言えば、君たちはまだ婚約者同士なのだったな」なんて、絶望的な顔でブツブツ言ってるけど、そんな些事は後回しにしていただきたいわ。
「ラファエル様っ、私です! 『エル』と貴方様が愛称で呼んでくださるエリオッツです! 貴方様のお側に、ずっと私は居ります!!
どうかその瞳に、私の姿を映してください!! 私を見て! ラファエル様っ」
ルチルさんに伸ばされた王子の腕に縋って、あんなに必死に呼び掛けるエリオッツ様なんて……
「ラフィ ✕ エル」
わたくしの感動に打ち震える唇から、その光景に相応しい呼称がポロリと、滑り出た。同時に、ミカエル王子の「は?」なんて間の抜けた声が聞こえるけど、そんなこと気にしてる場合じゃない。
「尊いわ」
再び熱い思いの込み上げるまま、言葉に乗せる。「かあさん……」って、心底力の抜けた声なんて響かせないでよ、お父さん?
だって、二人とも背景に真紅の薔薇が咲き乱れる錯覚を覚える美麗少年なのよ!?
そこに、薔薇も顔負けな豪奢可愛い超絶美少女ルチルさんが挟まってるの!!
何このスチル!
闇獣退治ミッションコンプリートのご褒美スチルなの!?
「やだ、お父さん! ルチルさんったら、すっかり困惑しちゃって。可愛いわぁ」
言いながら、感動を共有したくてミカエル王子の背中をパシリと叩けば、同意の言葉じゃなく「ぐぬぬ」と低い唸り声が聞こえる。
「彼奴等二人とも……距離がっ、近過ぎる!」
「ええー? 二人ともルチルさんの旦那さま候補ですのよ? 少なくとも、わたくしの眼鏡に適っておりますわ」
「うちのルチルは、あんな、青二才になんぞくれてやらんっ!」
「そう言うお父さんだって、今は可愛らしい学生さんで、王子さまですわ」
「——……〜っ!」
オズの頃から、ちょっと言い返したら何も言えなくなるところとか、嫌われるのを怖がって口を噤むところはあったけど、今世も健在ですわね。こんなだから思春期の “ ▓▓▓ ” とは没交渉になってましたのね。ルチルさんから聞いた時は、腹が立って仕方が無かったけど、この人がこうだって知っているはずでしたのに。申し訳ないことをしましたわ……。
「お父さん。わたくしのやりたかった心残りを、あなたに押し付けておりましたわね。改めて、ごめんなさい」
言えば、きょとんと丸くなった視線が返り「おう。―――――――――――――気に……するな」なんて、この人らしい返事が返って来た。
「はい。謝りましたもの。このお話はこれでおしまいですね」
「……ったく」
呆れて笑う顔は、オズだった頃から変わらず無条件な安心感を与えてくれる包容力に満ちたもので。
「変わりませんのね」
「お前も」
ほっこりしながら、懐かしくも新鮮な現在の姿を眺めていると、ミカエル王子はルチルさんたちの方に向けていた目を、突然グワリと見開く。
こんな顔を見たことは無いけれど――女親だもの、事情は察したわ。
「何も仰ってはダメ」の意図を込めて、そっと自分の唇の前に人差し指を翳しながら、首を左右に振って見せる。
「あ」
「まあ」
それでも、目に飛び込んで来た二人の様子に、声が揃ったのは仕方がなかったわね。




