第44話 アイスがもたらす大騒動。天使と精霊の新たな一面⁉
木苺ジャムよりも、天使の笑顔が一番甘い。
そんな、とんでもない事実に気付いて「ひゅ」と息を呑む。
何かの見間違えかと、大きく目を見開いて硬直していれば、柔らかな金髪に彩られた超高偏差値顔面が笑みを深め、甘くてトロトロ纏わり付く水飴よりも、更に強烈な粘度をもって気持ちを絡め取りに来る。
ヤバいと慄く気持ちに反して、こちらを惹き付けて止まない吸引力は、流石ヒーローだ。けれど、ここで腹黒天使の表面に絆されれば、折角手に入れかけている脅威回避後の『平凡平穏』を投げ捨てる結果になるに決まっている。
だって、この美麗天使は、Web原作ヒーローで、断罪王子で、勇者の眼を引き継いだ正当なる王子様なんだから。
そんなスペシャル要素モリモリの相手と関わって、平坦無難な人生が送れるわけがないし。
「逃げるしかないわね」
「え? 世界中どこにいても見付けだすけど」
ポツリと呟けば、嘗ての勇者と同じ太陽の紋を瞳に輝かせて、ラファエルが即答する。いつか感じた「天使の執着」を再び実感する日が来るとは思わなかった。しかも世界規模で逃げ場を塞がれるなんてヤバすぎる……。
『アイスも付けるにゃ』
慄くわたしの気持ちなどお構いなしで、キノちゃんは更にリクエストを追加して来る。こちらは傍若無人とは別ベクトルで我が道を往く、無敵な精霊ね。
って、待って? 今、キノちゃん何て言った?
「キノちゃん? アイス……って、公爵家のわたしでも食べたことないんだけど。この世界にはアイスがあるの?」
『無いにょ。けど今回はキラキラがいーーーーーーっぱい溜まったから、 “ ▓▓▓ ” の世界から取り寄せられるにゃ』
んんんん???
何か今、とんでもないことを聞いた気がするんですけどぉぉぉお⁉
「取り寄せられるってどう云うこと!? 向こうの世界の誰かが、運んできてくれるってこと?」
『そんなわけないにょ』
言いながら、キノちゃんは目の前にふわりと浮かび上がって「エヘン」と柄を逸らす。
『わっちらが自分で運ぶにゃ。前に行ったのは、向こうの世界に行ってたキラキラ乙女たちの魂を、迎えに行く時だったにょ。
その時に、最初のキラキラ乙女がくれた力を使い切ったから、アイスを食べるのは久し振りにゃー』
キラキラを溜めた精霊の力が凄すぎるわ!
プロペラを生やして変化するだけじゃなく、世界を「おかあさん」の小説に沿うよう誘導したり、とんでもない力だとは思ってたけど!
「まさか、そこまでだなんて……」
「小さなレディは、何て? 僕には聞こえないけど、なんとなく嫌な予感がするのは気のせいかな」
呟くわたしの視界に、ラファエルが割り込んでくる。いつも通りの穏やかな声に、衝撃の事実に思考を占領されていたわたしは、彼の表情を完全に見落としていた。
「ラフィー……。キノちゃんって、ラフィー以上に見た目詐欺だったみたい。想像以上に凄い存在なのかもしれないわ。異世界転生や、異世界転移まで出来ちゃうみたい……。向こうに戻れば、アイスや平穏な自由が、やっと手に入るかも」
転生転移は、ファンタジー小説の『神』のみに許される領域だと思っていた。だからこそ、信じられない想いと、感動で、つい口走ってしまったのだけれど――
「――は?」
思いがけなく低い、地を這う声が頭上から降って来た。
近すぎる位置からの想像もしなかった声に、反射的にその発生源を仰ぎ見れば、天使から微笑の仮面が剥がれ落ちている。
え? 何? わたし、何かとんでもない地雷でも踏んだ?
駆け寄って来たエリオッツが、ラファエルを見て青ざめながら必死でわたしにジェスチャーを送ってるけど、意味が分かんないし。
何? サムズアップが指ハートになって、万歳から大きく外に腕を広げて平泳ぎ??
いやそれよりラファエルの無表情が!
怖い、怖い怖いこわいっ! 怖いからぁぁっ!
「ルチル、君の平穏に、僕の居場所は――無いの?」
狼狽えるわたしとエリオッツを余所に、瞳から光の消えたラファエルが悪夢に魘される様に言葉を漏らす。その声に、抑揚は無い。
視線は、ぴたりとわたしに合っているはずなのに、二つの眼孔は光を吸い込む虚無の深淵にしか見えなくて。
闇落ち
そんな言葉が脳裏を掠める。
「ら、ららららららら……ラフィーさん?」
慌てて呼び掛けたけど! これって、ヤバい展開じゃないんでしょうか、原作者様っ⁉




