第43話 王国いっぱいの花畑を君の歌で咲かせて
「ルチル、大丈夫。いつも通りのルチルを僕は信じてる。いざとなったら、僕が何とかするから」
すぐ隣から柔らかな声が聞こえた。
そんな彼が買っている「いつものわたし」と言っても、ラファエルに纏わりつかれながらセラシアと日々を過ごしているだけの「わたし」なんだけど。その内容だって、お喋りと、お勉強に多くの時間を費やす、ありふれた学園生活でしかないわけで。強いて言うならキノちゃんのお陰で日課となった木苺摘みに、木苺ジャム作りに追われる、ただのグランフィルド公爵家養女のルチルよ。
『キラキラジャムの実!』
『キラキラ木苺ー!』
『美味しいキラキラをいっぱいつくる、木苺!』
しがないルーティンを思い浮かべた途端に、精霊たちが嬉々として騒ぎ出し、次々と木苺へと姿を変えてゆく。
目の前に広がったのは、キノちゃんに導かれ、ラファエルと一緒に初めて目にした、森の中の木苺が生い茂る野原の光景だった。
「ラフィー! これって」
運命を変えるキッカケとなった懐かしい景色に、興奮気味に傍のラファエルを見遣れば、あの時よりぐっと近くなった距離感に、見守る笑みと美しさは変わらぬまま、逞しくなった彼の姿が、ある。
「ふぁ!?」
変な声が出た。寄り添って並ぶ立ち位置のお陰で、脳裏に白いヴェールが過り、慌ててフルフルと首を振る。いくら何でも飛躍しすぎだ。
『素敵!』
『それ採用ー!』
けれど、わたしの焦りとは裏腹に、勝手に想像を読み取った精霊たちは意識の統一を見て盛り上がる。
いや、待って⁉ 恥ずかしすぎる公開処刑の予感しかしないんだけど!?
こちらの思いを他所に、次々に精霊たちが手を取り合い、繋がりあって、木苺の花と実の模様をあしらった白いヴェールへと姿を変えてゆく。
「ははは、まさかよね」
乾いた笑いが漏れ出る。
動き出した創造力は止まらない――そう観念してもいるわたしだけれど、想像を遥かに超えて精霊たちは創造して行く。
闇獣らと地上との間を隔て、わたしたちを護るヴェール。具現化した白い紗が、ヒュアツィンテ王国中の空を覆う壮大さで、優美に揺れてどこまでも広がった。
ヴェールは、雪崩や土砂崩れのように押し寄せる闇獣の塊を柔らかく押し留める。
頭上の景色に目を見張ったセラシアが、優美な舞を繰り返しながら、さらに歌を続けた。
「千の花弁は風に舞い、果実は笑みて世界を覆う。康寧の織り成す紗は、闇を包みて眠りへと導く。
光の雫は大地に広がり、満ちる光彩は、精霊たちの盾となり、剣となり、歌となる。
花実のヴェールよ、広がりて護れ。
闇獣の影を抱きしめ、静かなる無へと還し給え。
願わくば、王国の大地は千花に満ちよ。
咲き誇る花は光を湛え、精霊は微笑まん」
舞い踊るセラシアは息を飲むほどに優美で、更に周囲の精霊たちが輝き出して、彼女をどこまでも神々しく引き立てて行く。
ヴェールにあしらわれた実の模様に、精霊の笑顔が浮かび、舞と共に輝きを増すセラシアの光で力を増した精霊のヴェールが、闇獣の姿を覆い尽くして眩く輝く。
パン
一瞬の炸裂音が、木霊した。
残響の消失と共に、上空を覆っていた紗が、青空に融けて消えて行く。同時に、砕けたベネチアンマスクの欠片が小さな白い花弁に姿を変えて、地上に降り注ぎ始める。
地上に落ちた花弁は、木苺の小さな白い花の形に変化して、広い地表全てを白く埋め尽くす。けれど束の間咲いた仮初の花々は、すぐに地面に吸い込まれて行く。
そうして程なく、闇獣の姿は既に何処にも存在せず、枯れた草木も元通りの瑞々しい姿を取り戻して、柔らかな朝陽が照らすいつもの景色に戻っていた。
「おわっ……た?」
声に出したせいで、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、それとも働いた創造力が、わたしの限界を超えたからかは分からない。けれど、とにかくガクリと全身の力が抜けた。
「頑張ったね」
優しい囁きと共に、傾いだ身体を支えられる。腰に回された腕の天使らしからぬ力強さに、安心感を抱くわたしは相当に疲れているのだろう。
「これで、やっと……始められるわ。のんびり安定平凡生活の、ただのルチルの生活が……」
「安定は約束してあげられそうだけど、のんびりと平凡はどうだろうね」
くすくすと笑いを溢す天使に「どう云う意味?」と詰め寄ろうとした瞬間、すっかりいつもの姿に戻ったキノちゃんが勢い良く顔面に飛びついて来た。
『ぱわぱわ乙女! 礼は何にゃ⁉ 見事わっちらと、キラキラぱわぱわの合体パワーで恩知らずは止められたにょ!! 礼を所望するにょー!』
こんな時まで食いしん坊なのは、流石キノちゃんだ。いや、それより顔面に張り付かれるのは辛い。息苦しくは無いけど、毒キノコが顔を覆っているだけで精神衛生的に良くないし、何よりイミシン発言をしたラファエルを睨むことも出来ないし!
「わかってるっ! キノちゃんっ、急かさなくてもちゃんと、分かってるからぁっ!!」
『ジャムにゃ! 木苺ジャムを所望するにょ!!』
ひしと顔面に張り付くキノちゃんの背を摘んで、顔から引き離せば、最後まで掴まれた頬がむにりと伸びる。
「ひゃめにゃひゃいっ(やめなさいっ)!」
『にょ〜! キラキラジャムの景色を見せるだけは残酷にゃぁ。所望するにょぉぉぉおっっ』
仮初とは言え、広大な木苺の大地を見たせいで、すっかりジャムの口になったキノちゃんの気持ちは分からなくもない。とは言え、この人間臭すぎる騒がしい存在は、界を跨いで影響を及ぼす、神様みたいなとんでもない力を持つはずなのに。頬笑ましすぎる。
「ひゃっはヒノひゃんひゃ、ヒノひゃんへ(やっぱりキノちゃんは、キノちゃんね)」
しみじみ告げると、ラファエルが「ぐふっ」と天使らしからぬ声を上げて、引き結んだ口元をムグムグさせる。
大団円のはずなのに、とんだコメディと化した現状だ。ヒロイン・セラシアは、向こうで何やらミカエルと良い雰囲気で見詰め合ってるみたいだけど。
そんな元悪役ルチルを見兼ねてくれたんだろう……。キノちゃんの手にラファエルがそっと手を添えれば、ようやくわたしの頬は小さな手から解放された。
「心配しなくても、わかってるってば。いっぱい力を貸してくれたキノちゃんとみんなのために、今回はちょっとだけ特別なジャムを用意するから!
とびっきり美味しく煮た甘いお砂糖いっぱいの木苺ジャムだけじゃないわ。ヴェールによく似たキラッキラの薄いカラメル飾りの、糸飴も付けた、スペシャルきらきら木苺ジャムよ!」
『にょぉーーー! 楽しみにゃ!!』
歓喜するキノちゃんの笠が、ピカピカと明滅する。これまで見たことの無い状態に、勇者の眼での鑑定を求めてラファエルを見遣れば——ひたすら柔らかく緩んだ瞳と視線が絡んだ。
え⁉ ちょっとっ⁉ 木苺ジャムよりも、天使の笑顔が一番甘いんですけど⁉




