第38話 セラシアの望んだ世界と、遅すぎる反抗期
12歳になる貴族や、財力、労働力に余裕のある平民の子供たちが入学し、学びと交流を深める王都礼法学園。
1年生から7年生まで、年齢ごとに学年が上がり、各学年はS、A、Bの成績順のクラスに分けられる。前世からのイメージ通りSが成績優秀な生徒で、このクラスへの在籍を守り通せた者は、卒業後王宮や国営の各種研究機関、高位貴族家からの声がけを受けられることになる。つまりエリート街道に乗れるわけだ。
そして、わたしとセラシア、ラファエルは難なくSクラスを維持しているし、エリオッツはギリギリ何とかSクラス残留を叶えていた。この先まだ3学年を残す訳だけれど、卒業後の安泰な人生の為にも何とかこのクラスを維持したいわ。
更に、この現世での学園の卒業年齢となる18歳は、一人前の大人と見做されるから、卒業と同時に仕事に就きあるいは家庭を持つ者が少なくない。
だから、前世の「おかあさん」への想いを持ち続け、セラシアとの今世での結婚を再び望む「父さん」が、学園での接点が途切れる前にと焦る気持ちは分からないでもない。
「おはよう、 “ ▓▓▓ ” 奇遇だな。何か困ったことはないか?」
今日も、わたしとセラシアの登校時間にぴたりと合わせて姿を現し、広い学園玄関でさり気なく隣に並んで来たのはミカエル王子だ。
最初は、懸命にセラシアに話し掛けていたミカエルだったが、彼女から「わたくしの最期の言葉への貴方の回答がそれですの?」と冷たい視線を向けられてからは、まずはわたしの機嫌を取ろうと懸命になった。
前世から軽口を言い合ったり、よく会話する親子だったならともかく、無口を絵に描いた不器用な父親と、思春期を見守る母親がいないことで拗れた娘だったわたしだ。そんなに話した記憶も無いわけで。
「問題はありません。お気遣い感謝します。今日も良い一日をお送りください」
「それは良かった。何かあったらいつでも言ってくれ。君たちは、今日も息災な一日を」
どこのスパイ同士の定時連絡なんだろうと云う、型通りの平坦な会話を毎日繰り返すわたしたちだ。けどそこにセラシアが進んで加わることは無い。満足げに頷いて、二人の様子を眺めるだけ——なんともギクシャクして息苦しい親子関係だ。
そんな毎朝の恒例行事を終えたミカエルが、何となく両肩を落として歩き去って行く後ろ姿はどこか哀愁が漂っている。
「ちがうわ……こんな父さんと、おかあさんが見たかったわけじゃないのに」
はぁーっ、と大きく溜息を吐くと、セラシアが両手を腰に当てた憤慨のポーズで「甘いですわ」と一言告げる。
「前の人生でやっと手に入れられた二人の大切な子が “ ▓▓▓ ” ですのよ。ちゃんと向き合ってもらわなければ、わたくしが納得できませんの」
そうは言うけど、わたしとしては居た堪れない。言語化するのは難しいけど、そう……父母の不仲の原因を押し付けられているような……、わたしの望まない怒りを演じさせられているような……。
「ルチルたちと兄上は、相変わらずまどろっこしい遣り取りをしているんだな。距離を縮めたいのか、距離を置きたいのか分からない会話を毎朝繰り返すだけで」
モヤモヤしつつ頬を左右に引っ張っていると、いつの間にか傍に立っていたラファエルに、そっと両手を押さえられていた。
「セラシア嬢なら、思うことをどれだけハッキリと兄上に伝えても、不敬とはされないだろうに。むしろ兄上はセラシア嬢からの言葉なら、何でも喜んで受け入れる思うのだがな」
いつもの天使の微笑を張り付けたラファエルが、わたしとセラシアを順に見る。
強く引っ張った頬をさらりと撫でて気遣わし気な視線をくれた後、セラシアに向けた顔に苛立ちが含まれているような?
あれ? と首を傾げていると、彼の後ろに付き従っていたエリオッツと目が合った。彼も、ラファエルの不機嫌を感じ取っているのか、オロオロと落ち着かない様子をみせている。
「それにセラシア嬢は、そろそろ僕のルチルに頼るのを止めてくれないかな? 僕だって、王族として自由にできる学生の時間は、あと半分を切ったんだから。兄上ほどではなくても、ちょっと焦っちゃうよね」
「えっ……? わたくしが、ルチルさんに頼っていると仰っているの?」
意外にもハッキリと苦情を告げたラファエルに、わたしとエリオッツは息を飲んだ。直接言葉を受けたセラシアは、全く身に覚えがなかったらしく、呆然と目を見開いている。
そんな彼女の様子に、畳みかけてラファエルが「えぇっ?」と大袈裟な驚きの声を上げて見せ、どこか冷ややかな声音で話し続ける。
「セラシア嬢が、ルチルの優しさに付け込んで頼っているでしょ? それが義姉想いなルチルを困らせているし、僕だって困るんだよね」
「そんな、わたくしが大切なルチルさんを困らせる事をするなんてあり得ませんわ」
即座にセラシアは困惑いっぱいで否定した。が、すぐにラファエルは「けど」と追及を続ける。
「困るかどうかの感想を抱くのはルチル自身だよ? セラシア嬢は、ルチルのことが大切だっていつも言っているのに、伝わっていないのかな。特別な力を使って心の奥底を覗かなくたって、ただ真っすぐにルチルの表情を見て、言葉の調子を聞いていれば分かるんだけどね」
「わたくしが、ルチルさんを見ていないと、ルチルさんの気持ちを考えていないと?」
驚きに目を見開くセラシアに、ラファエルは無言で微笑を返している。
「やっとわかった?」とでも言いたげな笑顔に、わたし自身も突然脳内の一部がパッと閃いた。不意に、数年に亘るモヤモヤがしっかりとした言葉の形になった感覚だ。
「あぁ……そっか、そうね? そうよっ! わたしを口実にして、わたしの気持ちを置き去りにしたまま――。
ラフィーのお陰で、やっとスッキリしたわ! セラシアさんは、父さんが娘に向ける親愛の表現を、おかあさんの理想の形に当て嵌めようとしているのよ!」
どうりで釈然としない蟠った気持ちに、胸がモヤモヤするわけだ。
わたしは父さんにも、ミカエル王子にも怒ってなんかいない。それなのに当事者であるセラシアが、ミカエルを無視し続ける怒りのテイを取るから、間接的な関係者でしかない娘のわたしは――許さない態度を取らざるを得ない圧を感じていて……。
それにより「母親に先立たれ、不愛想な父親に望み通りに愛されなかった可哀そうな娘」や「冤罪を着せられ、娘と気付かない父親に悪人として吊るし上げられた不憫な娘」の役どころに当て嵌められていた。
わたしの本当の想いとズレがあるからこそ、モヤモヤしていたのよ!
セラシア自身が「娘」であるわたしの扱いに何か感じるのは彼女の自由だ。けどだからといって、同じ感想をわたしが持つわけではないし、彼女の不満をわたしに体現させるのも、愛情のカタチを他人任せに演じさせるのもおかしい。
わたしは彼女の物語の中の登場人物じゃないし、母娘であっても別の人間なんだから!
「ラフィの言う通り、わたしは父さんにも、ミカエル王子にも怒ったりしていないわ」
ようやく自分の思いをはっきりと表わせたわたしは、心の靄が晴れ渡る爽快感で満たされた。
もしかしたらわたしはようやく遅すぎる反抗期を迎えられたのかもしれない。
なんておかしく思いながら。




