第35話 断罪の王子様
いきなり溢れ返ったまさかの情報の数々。不意打ちで受けた衝撃に混乱するわたしは、思い切り両頬を摘まんで引き延ばし、ラファエルにその手をそっと押さえられてようやく我に返った。
「ルチルさんは、王子様とすっかり仲良しさんね」
なんて、セラシアこと『おかあさん』にニコニコ見られて、居た堪れない。いや、それよりもミカエル王子のことよ!
微かに笑む気配を纏わせた国王が、場の空気をサラリと変えて、セラシアに視線を移した。
「セラシア嬢は、庇護を断ると申すか」
怒りや、責めを含んだ口調ではなく、ただ穏やかな確認だった。
「はい。それを強く推す第一王子様におかれましても、異論はないかと存じますが、いかがでしょうか?」
セラシアも、先程までの激高振りはすっかり無くなり、淑女らしい振る舞いに戻っている。効果薄かと思われたわたしの頬ムニムニだけれど、セラシアへの落ち着き効果はあったみたいだ。
それと、わたしは気付いてしまった。セラシアの言葉は、ミカエルに向けて問いの形を取ってはいるものの、国王が定めた終幕に向けて、着々体裁を整える過程でしかない。現に、国王は満足気に目を細めているし、流れを読むのに長けた王子らもこれ以上何かを話そうとはしていない。
精霊の奇跡は光の顕現と、ちょっとした花瓶の中の変化として現れはした。細やかな力だけれども、精霊の力を持つ者の意思に背くことは国王も避けたかったようだ。だから王子たちの主張は、どれもが取るに足らぬ些末なこととして、国王はそっと蓋をすることにしたのだろう。
悪役一家のお咎めが無かったのは良かったし、両親にはセラシアの背後に第一王子が付いていると知らしめられたのは収穫だった。
これで、セラシアの虐げも幾分かマシになるんじゃないかな。
◇◇◇
わたしと、お義姉さまは、ラファエルの用意してくれた馬車で学園寮へ戻ることになった。
これで、ようやく普通の学園生活を再開できる。ただ、学園には第一王子や、彼の側近たちも在籍しているわけで、気を抜けない日々は続くのだろう。
つまり、断罪の危機はまだまだ無くなったわけじゃないのよ。
前世みたく、友情に、勉強に、趣味に青春を捧げ、不安なく伸び伸びした学園生活を送るのは、残念ながら無理そうだ。
けれど、わたしのそばには『おかあさん』セラシアと、『今世の頼りになる存在』ラファエルが居る。
気付けば『悪役ルチル』で絶望したけれど、この世界だからこそ出逢えた二人が居る。
今だからこそ言える。わたしはこの世界に感謝したい!
「そう言えば……ミカエル王子のあの言葉って、もしかしなくとも」
カロカロと軽い車輪の音を立てて、のんびり走る馬車の中。あの場では、話の終わりに向けてガッチリ舵を切られ、言葉に出すことを許されない雰囲気にされてしまった話題を、改めて口に出す。
今、大きな馬車の中に同乗するのは、向き合う椅子の進行向きにラファエルと、エリオッツ。その向かい側にセラシアと、わたしが座っている。だからわたしは隣に寄り添うセラシアに、コッソリ小さな声で尋ねてみた。
「えぇ、そうだったみたいね」
意外にも、あっさりと肯定の言葉が返ってきた。あまりにも何の感慨もなく淡々と告げたセラシアの態度が、明らかにされた事実よりも驚きなんだけれど。
え? えぇ⁉ もしかして、お母さんと、お父さんって仮面夫婦だったりした⁉
脳内に幾つもの「?」を浮かべて両頬を引っ張っていると、セラシアが「妙な事を考えてますわね」と呟きつつ、わたしの両手に手を添えて、頬から手を引き離させられてしまった。
「感動する気持ちも、あるにはあるのですよ? けど、今の思いが強すぎて感動することが出来ないんです。
わたくしの可愛いルチルを、悪人として陥れようとしたこととか、愛らしいしかない我儘を糾弾しようとしたりだとか、わたくしの大切で仕方のないルチルの個性を、権力を笠に着て不当に排除しようとしたりだとか。
ここに至るまでの横暴が許し難過ぎて、感動を塗りつぶしてしまっているのですわ」
淡々とわたしへの愛を語るセラシアは、両親以上にわたしに甘々かもしれない。逆に、わたしに敵意を持って当たり続けていたミカエル王子へは、わたしへの深すぎる愛情の分だけ腹立ちが湧き起こって来るみたいだ。
「そんな訳で、思い込みが強すぎて大切なものを見落とすようなミカエル様には、頭を冷やしていただく時間が必要だと思うの。しばらくそっとしておきましょうね」
にっこりと、柔らかな笑みをつくってみせたセラシアだったが、弧を描いた目は全く笑ってはいなかった。
「そっ……それでも、お義姉さまのことはすっごく大切にしているみたかったですわね! 今回の暴走も、お義姉さまを大切に想い過ぎたからこそ、なのでしょうからっ」
被害に遭った身としては、思うところがないわけではない。けど前世の——とは言え、わたしが原因で父母の仲が険悪になるのは、居た堪れない。
「そうであっても、まずはルチルさんへのフォローがあってしかるべきですわ。わたくしの最愛のルチルさんも、わたくしと同じ様に大切にして欲しいに決まってますから。まずひと言、言うべきことがありますでしょう」
「うーんそれはそうなんだけど、あのお父さんだったとしたら、会話もせずに数年同じ屋根の下ってのも実績があるし。父子家庭になって思春期拗らせ女子になったわたしと、口下手不器用親父の組み合わせが、最悪な取り合わせだっただけかもしれないし……」
何気なく言った途端、セラシアがピキリと固まった。
「ぬぅあぁぁあ゛んですって!?」
次いで、淑女らしさを吹き飛ばす、とんでもない爆発力を伴った怒声を上げる。久々の姉妹の会話を尊重し、知らぬ顔をしてくれていたラファエルとエリオッツではあったが、大きく肩を揺らして目を見開いている。
「わたくしの今際の際に “ ▓▓▓ ” のことは任せておけなんて言っておきながら、数年も会話無しなんて有り得ないわ!
良いところが沢山ある人だけど、ちょっと口下手かしらん? ——とは思ってたわよ!?
けどまさか年単位だなんて、口下手が過ぎるでしょ!
やっぱり、ちゃんとルチルさんに謝罪をしに来るまで、気付かないテイを貫くわ!」
セラシアがわたしのために怒るのは、困ってしまう反面、嬉しくもあったり。けど話し掛ければちゃんと返事はあったのよ。基本が「あぁ」。機嫌のいい日は「おぅ」って。まぁ、その違いが分かったのは、ある程度成長してようやくだったけど。
そう伝えると、セラシアは更に「嘘でしょ!?」と目を剥いて固まってしまった。
「転生しても無口なのが変わらないのは仕方ないけど、わたくしの大切な存在である、可愛い “ ▓▓▓ ” や、愛らしいルチルに寂しくて、辛い思いをさせる態度を改めないのは許せませんわ!
それどころか、今世は物語の登場人物と実際のわたくしたちを混同して、最初からルチルさんを悪人だって決めつけてるんですもの。反省して自分から歩み寄って来なければ無視ですわ、無視っ!」
セラシアが、鼻息荒く文句を連ねる。後を託した彼女の想いとしては理解できるが、その煽りを受けて実害を受けそうなのはわたしだ。
「お義姉さま……、わたしもつい最近までちゃんと欲しがり義妹をやっておりましたし、そんなわたしを悪人認定したミカエル様を一方的に責めるのも心苦しいのですが……。
それに、無視してギクシャクした人間関係を放置したままにすると、わたしが王子様に断罪されて破滅する未来が来ちゃいそうで、落ち着かないんですけど」
セラシアが、あまり苛烈で極端な対応をしないように取り成しておかなければと、必死に言い募れば「あ、それは大丈夫なんじゃないかしら」と、気が抜けるくらいあっさりとした答えが返って来た。
なんでそんな簡単に断言できちゃうんだろうと、キョトンと目を瞬く。すると、セラシアがニッコリ笑顔で正面のラファエルに視線を向ける。
「だって、ルチルを断罪するのって、ラファエル王子の方なんですもの。
そもそもわたくしの『キミハナ』には、ミカエルなんて王子様は存在すらしていないわ。あの人は完全なイレギュラーね」
突然話を振られたラファエルは、キョトンとしているが、わたしはそれどころではない。
まさか『今世の頼りになる存在』認定ホヤホヤの天使が、ずっと警戒して来た断罪役だったなんて! 天使は天使でも、まさかの告死天使ぃぃ!?
「はぁぁぁあーーーーーーーーーー⁉」
今世一番でないかと思える驚愕の声が、腹の底から湧き出たのは仕方がないよね!
「ここまで色々変わってきているんですもの。これからは、今世のわたくしたちの人生を楽しみましょう、ね」
セラシアが、微笑ましげな眼差しをわたしとラファエルの間に行き来させる。「以前出来なかった、年頃の乙女の見守りが出来るなんて楽しみですわぁ」なんて言われて、ホロリと来る反面、小っ恥ずかしくもあり……けど、それ以前に重要なことを彼女は忘れている。
「お義姉さまっ!? セラシアお義姉さまだって、わたしと数ヶ月しか年の離れていない年頃の乙女なんですからね!」
「えー、もぉ良いわよぉ。さすがに三度目になったら外見がこれでも、乙女の心なんてもぉないですわぁ。それよりも作者のわたくしが思いもよらないスピンオフが現在進行形で展開しているんですわよっ! アガるわぁ! ルチ✕ラフ! 赤と金の情熱的配色! 推せますわ!」
「お義姉さま⁉」
今日何度目か分からない絶叫を上げたわたしと、上機嫌なセラシア、そんなわたしたちに美術品の如く整った微笑を向けるラファエル、そしてわたしたち姉妹の姿に狼狽えを隠せないエリオッツ――まさかの『キミハナ』主要人物勢揃いの馬車は、賑やかな声に包まれて進んで行く。
馬車は進む。カロカロと。
のどかに、軽快に音を立てて。
笑顔も覗く馬車の中は、断罪される未来と孤独に対峙してきた心を温め、緊張を解きほぐす穏やかさに包まれている。
だからわたしはうっかり思考の外へ追いやっていたのよ――
議決の場で精霊らが囁いた『先代と、おんなじね』の言葉。
セラシアが自身を表わした「三度目の乙女」の意味。
それから、前世のわたし “ ▓▓▓ ” の家族が、今世に揃っている理由。
それらがこの先リンクするなんてね。




