第34話 王子様の隠し事
無事証拠の提出を終えたわたしが、未だ興奮冷めやらず、そっと両頬を引っ張っていると、国王が静かに背筋を伸ばす気配が伝わった。
微動だけで場の空気を変える存在感に、自然と室内中の視線が集まる。
「ふむ、確かにミカエルは幼い頃より優秀な反面、少々思い入れの強いところがあるからな」
意外にも、柔らかな口調で語り始めた国王に、このまま味方をしてくれるんじゃないかと期待が高まる。
「なら」
ラファエルも、同じ思いだったのだろう。堪えきれず上げた声に「だが」と、トーンを落とした平坦な言葉が返った。
「グランフィルド公爵に問う、私の王子達がそなたらの娘に対照的な印象を持っておるようだが、如何に思う?」
国王は、それまで黙りこくって気配を殺していたグランフィルド夫妻を、ひたと向けた視線で捕らえる。存在を浮き彫りにされた公爵は観念したのか、くっと眉間に皺を寄せるが、すぐに落ち着き払った表情を取り繕って口を開いた。
「恐れながら、共に大切な娘にございます……」
「それは二人共に同じ意味で、と云う理解で良いか?」
「一人は掌中の珠。いま一人は頭上の黎明にございます」
即座に問われ、公爵はひとつ息を吸う間だけ思案して、すぐさまきっぱりと言い切る。夫人は、公爵ほどの腹芸が出来ないのか、はたまた理由なき迫害を自覚している故、糾弾を恐れるのか、顔色をなくしている。
「ふむ……ふっ。上手いことを言う。それならば、罪に問うことも出来ぬな」
「そんなっ!」
軽く笑いを含んで言う国王に、咄嗟に言い募ったのはミカエルだ。セラシアに愛情で片付けられない執着を見せる彼としては、彼女を虐めていた悪役一家がお咎めなしなのは納得がいかないのだろう。
だが、この場の最高権力者は国王だ。彼の決定に異を唱えることは諦めて、グッと唇を噛んで俯いた。
「宰相、法曹大臣、如何に思う?」
そんなミカエルの反応を、さっと視野の外へ追い出した国王は、両脇に腰掛ける二人に声を掛ける。
「はい。貴族の在り様として、よくあるものかと」
宰相は表情一つ変えることなく、当然の如くに答える。
「政略の駒と、信奉する愛し子とするならば、よく見られる当主の判断ですな。それを罪としてしまえば、殆どの貴族家が潰れてしまうでしょう」
法曹大臣と呼ばれた男も、当然の様子で言い切る。
「くっ……」
堪えきれず悔しさを滲ませた声を漏らしたミカエルだが、そんな彼の反応などお構いなしに、淡々と会は進んでゆく。
決して善人とも言えない今世の家族ではあるけれど、有り余る愛情をもって育てられたわたしとしては、破滅して欲しかったわけでもない。虐めの先鋒を嬉々として担っていたお母様だって、セラシアの生命を害する行いにまでは手を染めなかったから、出来るだけ軽い罪で済む様にって――実はこっそり祈ってたし。
「ならば、グランフィルド公爵家内の在り様については、我々がとやかく言うには及ばんな。よって此度の決からは外すものとする」
国王の言葉に、お母様の緊張の糸が切れたのだろう。椅子に腰かけた姿勢のまま脱力し、深い一礼を残したお父様に支えられて会議場を後にした。
「さて、少しづつ話が纏まって来たのではないか? 我らが介入し、取り纏める必要があるのは、セラシア・グランフィルドの能力が、王家に属させるに値するかどうかと云うことのみになったぞ。まぁ、それこそがミカエルの望みであったな?」
国王は、言葉の続きを待つ面々に凪いだ視線を送ると、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「ミカエルは、この国の益にならぬことを行ったことは無い。幼少の頃より、私に提案した様々な画期的な政策や、試案は、須らくこの国に利益をもたらすものであった。此度のことも、ただの愛しさ余っての暴走だと断じるにはいかない程、実績がありすぎる」
有無を言わさない重々しい宣言だ。けれど、当事者とされた一人は、即座に「ひどい」と呟きを漏らす。セラシアだ。
「わたくしの気持ちは無視ですか! 可愛いルチルさんに、酷いことをした蛇蝎の如く疎ましく憎い相手の傍に、無理にわたくしを留め置こうとなさるなんて!! そのように、悍ましくも無体なことを強いると仰るのであれば、わたくしは徹底抗戦いたしますわ!」
ガタン、と音を立てて椅子を蹴る勢いで立ち上がったセラシアは、両こぶしを握り締め、険しく目を吊り上げて仁王立ちする。
一切の敬意をかなぐり捨てたセラシアの反応に、国王は微かに眉を上げ、宰相と大臣は不快気に顔を顰める。
様々な反応が入り乱れる中、絶望に顔を歪める者が一人居た。ミカエルだ。威丈高な様子はすっかり鳴りを潜め、縋る視線で弱々しくセラシアに手を伸ばしては、届く前に弱気に引っ込める。
「それは困る! セラシア嬢……っ、私が憎いなどと言わないでくれ。やっと逢えたんだ。知らなかったこととはいえ、ルチル嬢――いや “ ▓▓▓ ” には悪いことをしたと思っている!」
「「は?」」
声を揃えたのは、わたしとセラシアだ。ただ、わたしは「まさか」の思いが強くて、驚きの余り声がひっくり返ってしまったのに対し、セラシアのは不快なものを威嚇する凄みの混じった低い声だ。
「え? 情報過多なんですけど。お義姉さまだけじゃなくて、ミカエル様もってことなんでしょうか?」
国王の御前の緊張感も、今明かされた突拍子もない事実に吹き飛ばされてしまった。狼狽えながら、小声をポロポロ零しつつ、両頬を力いっぱい引っ張るけれど、ちっとも気持ちは落ち着かない。
何だかわたしの周囲の人って、隠し事が多すぎやしませんか⁉




