第32話 おかあさん
ラファエルはしっかり見える側だから、視線を下に向けないようにしている。
「精霊の輝きを足元に敷くとは、何たる非道! やはり現グランフィルド家の者は許し難いっ」
勇ましく怒声を張り上げたミカエルには、程よく見えていない様だ。ハッキリと精霊の姿が捉えられるのは、今のところラファエルとわたしだけなのよね。不思議。
「おかしいですわ! わたくしに纏わりつくものは『加護の光』で、ルチルに寄り添うものは『虐げられている』と判断するなんて。どんな曇った目をしていらっしゃるの!?」
プンプン怒れるセラシアは、不敬の言葉を忘れていそうだ。どうやら、わたしにとことん甘いのは、グランフィルド家の両親だけじゃなくセラシアも含まれていたみたい。こんな時なのに、嬉しい発見だ。
尚もセラシアは、ミカエルに噛み付く。
「大体っ、わたくしを取り巻く現状の摺合せなら、わたくしがずっと言い続けてきたことにも、もっと耳を貸して頂きたいわ! 貴方がたの勘違い、余計なお世話です、って!」
「なっ……私は君の声なき意志を汲んで、君が最善を手に入れられるよう尽力しているのだ。そんな、悲しいことを言わないでくれ……」
セラシアに対しては、とことん弱々なミカエルだ。言葉が足りず、すれ違っての喧嘩をしていたのは前世の父母も同じだった。何処となく懐かしい気もする。
ただ、『キミウタ』っぽい世界ではあるけれど、どこか違う現世だ。いくらセラシアがヒロインらしい特徴を持っているとしても、ここまで第一王子に噛み付いて不敬に問われないか心配すぎる。
「おっ……お義姉さま、どうぞその辺で怒りをお納めください。そもそも、悪評が広がってしまう人間性でしかなかったわたしに、問題があったのでしょうから」
そう、『悪役ルチル』は、わたしの意識が強く前に出てくるまでは、ちゃんと健在だったわけで。だからこそ、セラシアは屋根裏に押し込められ、煌びやかな衣装も持ち合わせてはいなかったのよ。
かたや、桜花咲き乱れる美少女。
かたや、毒キノコみっちり溢れる悪役ルチル。
精霊らによるその対比が、この世界でのわたしたちの立ち位置を明確に示している。
「わたしは、清廉なお義姉さまには似ても似つかない、我儘いっぱいの欲しがり義妹ですから、ね?」
メラメラ王子の言葉になんて傷ついていないことを示すため、微苦笑を張り付けて言う。ちょっとだけ……自分の気持ちが抉られるけれど、頭に血の上ったセラシアを説得するためには仕方ない――
「何を言ってるの! ルチルさんの我儘なんて『可愛い』でしかありませんわ!!」
予想に反して、セラシアは更に激昂した。え? なんで!?
「今でさえ12歳でしかない子供のルチルさんが、我儘だなんて当たり前でしょう! そんな当たり前のことで、可愛いわたしのルチルさんが自分を傷つけることを言うなんて、絶対に許しませんからね!!」
怒りの矛先がわたしにまで向いて来るなんて。想像だにしなかった事態に、わたしはギョッと硬直する。そしてそれを言うセラシアだって、しっかりしてはいるけど数か月先に生まれただけの12歳なのだ。
「良いですね? ルチルさんの我儘も無茶も、わたくしは何も言う気はありません。それがルチルさんの個性ですし、わたくしはそんな完璧でないところも愛おしく思うのですから。けれど、ルチルさんを傷つける事ばかり言う王子はもちろん、ルチルさんが自身を否定して、自分を傷つけることだって許しませんからね!!」
傷つけることへの叱責。意図せずでも誰かを傷つければ、その罪悪感に自分が傷つく。自分を傷つけることだって、外側以上に内面が傷つく。汚すのも、散らかすのも寛大な心で赦してくれた人は、たったひとつ『傷付けること』だけは烈火の如く怒りを見せた。
わたしは、こんな風にわたしを叱ってくれた相手を知っている。
「おかあさん」
ぽつりと―――――ひとつの単語が零れ落ちた。
一緒に、瞳から滴もひとつ。
セラシアは、わたしが何を言っているのか分からないと云った風に、大きく瞳を見開いて、呆然とした様子でわたしを凝視している。
うん、いいんだ。変なこと言ってるって、分かってはいるのよ。ただ、ここがおかあさんの『夢小説』と同じだから、わたしも夢をみちゃっただけなんだ。もう逢えないはずの相手によく似た面影を遺す人物がいて、それが義姉なんて嬉しすぎる状況だったから。
おかあさんが自分の名前を当て嵌めて、自己投影したヒロインだもの、似ていて当然。だからこそわたしは自分の幸福と同じくらい、彼女の幸せも成り立たせたかったの。それだけだから――――
「“ ▓▓▓ ”さん?」
ぽつりと、セラシアの唇から思いも寄らなかった名前が滑り出した。
見開かれた眼はそのままに、わたしにぴたりと焦点を当てて、わたしがよくするように自身の両頬を左右の手で軽く引っ張って見せる。
「この仕草に、見覚えがあると思ってましたわ……」
そのひとことだけで、充分だった。
「だったら尚のこと、この現状は見過ごせません!」
感動の涙による湿っぽい再会ではなく、セラシアの心は更に燃え上がったらしい。ドレスの腕捲りをして臨戦態勢を取るヒロインなんて、おかあさん本人だと気付かなければ絶対に止めていたわ。
わたしの正体を悟ったセラシアは、力強い頷きをひとつこちらに向けると、改めて主張の声を上げる。
「そもそも、学園での証言として採用されたモノもおかしいのですわ。公爵家令嬢の部屋の前に、上級生の生徒が張り付いているなんて!
公爵家令嬢の私生活を探るなど、そのこと自体が由々しき問題ですのよ。王子の傘下である生徒会は勿論、学園側が黙認するのも、知らなかったと云う怠慢も、許されるものではありません!
この学園は、王族までもが通うのにそんな甘い警備体制と意識で許されるのでしょうか!?」
セラシアの主張に、腕章集団と、学園長らが顔色を悪くする。
第一王子ミカエルの強引な主張にばかりに目が向くけれど、その威を借りた手段にも問題は多々あるのだ。
「なるほど、そんな攻め方も出来るのね」と呟きつつ、ふむふむと頷いていれば、隣のラファエルからじっと見詰める視線を感じる。
「ルチル、僕だってここに居るよ。僕だって君の味方なんだからね」
「ラフィ。うん、知ってる」
柔らかな天使の笑みは、今はただホワリとした温かさを与えてくれる。
笑顔を向ければ、力強い頷きが返ってくる。
「僕たちからも、ルチル嬢がセラシア嬢に害為す存在であるとする兄上の主張への反論を、調査の結果明らかになった事実を含めて申し上げます」
まさか敵だと思っていたイケメン王子に、擁護されるなんて。少し前には思いもよらなかった展開だ。
ラファエルと視線を交わすと、まずは彼が地道な調査と伝手で手に入れた情報を述べ始めた。
「まず僕は、兄上の行動について疑念を持ちました。
兄上は、入学式当日から生徒会と云う学園内で権勢をふるう集団を先導し、ルチル嬢を不当に貶める発言を行いました。その上で彼女を大切に想っているセラシア嬢を拘束した。これは、ルチル嬢の学園での処遇が、セラシア嬢の態度如何にかかっていると暗に示す恐喝行為です。
城内にセラシア嬢を軟禁した兄上が、頑なに妹の擁護を主張する彼女に対して、何度も執拗に持論を押し付け、ルチル嬢は悪であるとの思想誘導を行おうとしておられた。その様子は、何人もの使用人や、城内の警備兵からも証言がとれています」
言いながら、ラファエルは机の上にエリオッツと共に必死で集めた、証言の数々が記された資料をどさりと置く。
「兄上は、自身の欲望を満たすために、不当にルチル・グランフィルドを陥れようとしているのです」
自分の存在を縛る「悪役」「断罪」の言葉への恐怖心は、無くなったわけじゃない。だってわたしは我儘ルチルだから。けど、物語通りの奪わなければ何も得られなかったルチルな訳でもない。
わたしには、味方になり寄り添ってくれるラファエルや、おかあさんの様に愛してくれるセラシアが居る。
物語とは違う存在に変わって来ているのよ!




