第29話 おおもとのもとでもともとから決着をつける
諜報キノちゃん情報が、次々にもたらされ始める頃、わたしは客室の窓から外を眺めるテイで、ひっそりと報告に来る毒キノコたちの話を聞いていた。
背後からわたしを見れば、不遇な現状を憂う深窓の令嬢が、広い外を見ながら嘆いている状態よ。コレなら、わたしにしか見えないキノちゃん相手に話していても、違和感は無いわ!
さて、キノちゃん情報をまとめよう。
始業前に飛び出してきてしまった学園では、なんと大人しいはずのセラシアが職員室へ飛び込んで、学園長を出せと鬼の剣幕で騒いだらしい。
内容としては、第一王子と、その側近の不当な印象操作。そして、公爵家令嬢の部屋の前に、上級生の生徒が張り付いているのを黙認、あるいは気付いていなかった学園側の警備の不備。
普段はおっとり優しいのに、譲れないもののためには強い意志と抵抗を見せるなんて、前世の『おかあさん』そのものね。
前世、小さな頃から作ることが好きだったわたしは、家中粘土まみれ、マスキングテープまみれ、泥まみれにして様々な工作を繰り返したが、どんな時も怒られたことはなかった。そんな中、お友達の髪型を可愛くしてあげようとハサミを持ち出した途端、烈火の如く叱られて怖かったわ。想像を広げる行為に関しては、とことん寛容だったおかあさんだけれど、それが他人はもちろん、自分を傷つけることに繋がる場合は、厳しく叱られたっけ。
あの時のおかあさんの勢いでセラシアが怒鳴り込んだとしたら、相当な迫力だったと思うわ。それに、家の中で虐げられていたとは言っても、肩書は三大公爵家の令嬢なのだもの。そこをぞんざいに扱ったなんて悪評が立つことは、学園側も避けたいはずだろうし。
そんな経緯もあって、学園側でのわたしに関する認識は、上級生からの悪意ある監視に怯え、身の危険を感じて避難止む無しの状態だったことになっている。だから、無断欠席としては扱われていないみたい。セラシアとのいじめ問題だって、一場面を見て大騒ぎした上級生らに対する苦情を、彼女自身が申し立てたことで、証拠に値しないものとして扱われているらしい。
これだけ聞けば、学園生活は憂いなしの状態になった様にも聞こえるんだけど、事態はそう都合よくは収まってくれなかったのよ。
職員室を急襲したセラシアは、その勢いのまま第一王子を糾弾しに向かい、敢え無く保護の名の元、第一王子に王城へ連れて行かれてしまったから。
「えっ!? 怒れるお義姉さまを、どうやってお城へ連れて行ったの? 絶対に合意の上じゃないよね?」
『あっという間だったにゃ。パワパワ乙女をどうこうするより、とにかくキラキラ乙女を捕まえたかったみたいにゃ』
「拉致されて閉じ込められるとかは、してない?」
『大丈夫にょ。メラメラにプンプンしてたけど、キラキラは増えてたにゃ』
よくは分からないが、丁寧に扱われては居る様だ。
『それから、きんきら王子が大丈夫だって言ってたにゃ。もう少ししたら迎えに行くって言ってたにょ』
きんきら王子とは、多分ラファエルのことだろう。王城のあちこちに潜んで情報を集めるキノちゃんにラファエルは気付いていて、わたしの不安を和らげるために、伝言を託してくれたのだ。
「気遣われてるって気付くだけで、なんだかくすぐったい気持ちになるものなのね」
『パワパワ乙女が、ぽわぽわ乙女になってるにゃ!』
「んなっ⁉」
思わぬ指摘に、顔中が熱くなった気がするけど、まあ、気のせいよね。
そんな遣り取りから二週間後。浮ついた遣り取りも、過去のものとしてすっかり気持ちが凪になり、ラファエルの言う『もう少し』とは、どのくらいの感覚なのか問い詰めておくべきだったと後悔し始めた頃。
事態は突然動き始めた。
それまでの間、わたしは学園の寮には戻らずに、ラファエル所有の屋敷で引きこもり生活を送っていた。まぁ、自分がヒロインかと勘違いするような至れり尽くせりな環境で、文句は無かったわ。
むしろ、ここが人生の絶頂で、この後に急降下が来るんじゃないかと、ドキドキが止まらなかったけどね!
「やぁ、ルチル。随分と待たせてしまったね。けど、今日でしっかりカタを付けるから安心して?」
天使の風貌に、隠しきれない草臥れ感を纏ったラファエルが、10歳ほど老け込んだかと思わせるエリオッツを引き連れて現れた。
この二週間、わたしが二人と顔を合わせることはなく、キノちゃん情報によればラファエルは王城で寝泊まりしているらしかった。キノちゃんを通して届いた伝言は『おおもとのもとでもともとから決着をつけるための調整を頑張ってるにょ』だったっけ。うん、何をしているのか良く分からなかったわ。
そして今日になり忽然と姿を現したのは、いつもより豪奢な衣服に身を包んだ、ラファエルとエリオッツだ。アイドル顔負けのキラキラオーラを纏う眼福なツーショットに、焦れ焦れしつつ待たされ続けた二週間の憂鬱も吹き飛び、キノちゃんと共に沸き立っていたわたし――
そんな、ちょっと前のわたしを叱ってやりたい。
◇◇◇
わたしの前には、アイドルかと見紛う整った面立ちの老若男女が、煌びやかで豪奢な服を纏って居並んでいる。本当に、これがテレビの中の歌謡祭とかだったらどんなに良いだろう。
けれど現実は深刻で厳粛で重々しいもので。
「ルチル、陛下の前だからと言って委縮することは無いよ。思いの丈と、事実をしっかりと伝えれば良いから」
豪奢な調度に囲まれ、普段は会議に使われるであろう部屋は、20人は座れそうなテーブルが中央に設えられている。そこへズラリと顔を並べるのは、今回の騒動の関係者と高すぎる身分のお歴々だった。
長方形のテーブルのお誕生日席には、ロマンスグレーのひと際豪奢な身形をしたイケオジ……いや、わたしも当然見たことのある超有名人、国王陛下が着座している。その左手の長辺に、宰相と紹介された眼光鋭い紳士。その隣に第一王子ミカエルが着座し、背後に学園で見た白い腕章のメンバーが5人ばかり立っている。
そこから順に座るのは、セラシア、学園長、副学園長となっている。そして、国王陛下の右手の長辺の席には、まず恰幅の良い大臣が着き、隣にラファエルが座り、その後ろにエリオッツが青白い顔をして立っている。その隣には、わたしが腰掛け、幾つか空席を於いた後に、お父様、お母様が表情を強張らせて着座している。
そして、扉の前だけでなく、室内にも均等に配置された騎士が、更に場の緊張感を引き上げる。
こんな状況で萎縮しない人間が居るだろうか?
あぁ、居るわ。ま正面から輝く瞳をひたすら真っ直ぐに向けて来る美少女が。滅茶苦茶眩しいんですけど!?
セラシアは緊張どころか、視線と表情の全部を使って、わたしとの再会への嬉しさと、元気な様子に対する安堵をひたすら伝えて来る。
けれど何よりわたしが驚いたのは、セラシアが随分と美しくなっていることだ。その慈愛に満ちた表情のお陰か、公爵家のものよりも豪華で可憐なドレスに身を包んでいるお陰かは分からないけれど、いつか見たケシカランドレス姿を遥かに凌駕する後光を放っているのよ!
「こっ……これは、まずいわ」
呟いた瞬間、第一王ミカエルが確信に満ちた強く鋭い視線を向けて来る。同時に、彼の背後に付き従う白い腕章のメンバーが僅かに頬を緩めて色めき立つ。
いや、あなたたち、悪役が観念して罪の自白をしようとしてるって勘違いしたね!?
そうじゃないのよ!
『これを待ってたにょーーーっ!』
キノちゃんが弾む声以上の勢いで、セラシアに飛び付いた。




