第27話 プロポーズ(?)な言葉に誘われるルチルと、怒りのセラシア
わたしとお仕着せ姿のセラシアを覗き見していた、第一王子側近候補の女生徒が、破滅待ったなしの報告を上げるであろう一件のあった翌日。
わたしの身に起こるのは、悪役ルチルを破滅に追い込むリアクションだと思っていたのだけれど、現実はわたしの想像を超えた形でやって来た。
「単刀直入に言う、僕の手を取って欲しい」
まだ登校した生徒もまばらな朝の教室。わたしは世話役を張り切るセラシアのお陰で、教室一番乗りを果たしていた。そこへ開口一番血迷ったことを告げる天使が飛来したのだ。天使の背後には、どこか草臥れたエリオッツが付き従っている。
「は?」
「時間が無い。僕と共に来て欲しい」
事態が飲み込めず、単語で返したわたしに、更に意味不明な言葉が連ねられる。
「へ?」
「だからっ、ルチルには僕のそばで笑っていて欲しいんだ!」
どうしたと言うことだろう、まさかのご乱心天使だ。呆然とするわたしと、よく響き渡ったラファエルの声を聴いて凍り付いた教室は、時間が止まった様に静まり返っている。その様子に逸早く気付いたのは、エリオッツだった。ラファエルの耳元にそっと顔を寄せ、片手を添えて小さく囁く。内緒で伝えようとしたのだろうけれど、硬直した教室では、その声も意外なほど響いた。
「ラファエル様……。恐れながら、今の一連の言葉はプロポーズにしか聞こえません。第一王子が強行しようとしている断罪から無実のルチル嬢を守るため、冤罪を晴らす時間を稼ぎに第二王子たるラファエル様の庇護下に置きたいと、そう仰らねば」
なんか、とんでもないオオゴトになってるーーーーーーーーー!?
愕然とするわたしの傍で「えっ、なんで……」と呟くセラシアの声が聞こえるけど、わたしはそれどころじゃない。敵対も味方も王子! まさかの天敵王子の板挟み!?
え、これ、悪役ルチルとしては何を選択するのが正解なの!?
「わたくしっ、ちゃんと確認しましたのに! 許せませんわ! ちょっと行って抗議して参りますっ!!」
「え!? お義姉さまっ!?」
止める間もなく、セラシアが教室から駆け出す。反射的に後を追おうとしたわたしの腕を、ラファエルが素早く掴んで引き留められた。
「ルチルまで、兄上の所へ行ってどうするんだ! 兄上は、ルチルを冤罪で処断しようとしているんだぞ」
確かに、敵対意識を持つ相手の元へ、自ら飛び込むのは悪手だ。けどセラシアが向かった先は、第一王子の元なのだ。
「わたしは、お義姉さまを守るって決めてるの! わたしのためにもっ!!」
セラシアの不幸は、わたしの破滅に繋がる。それに、おかあさんの『夢小説』のヒロインは、即ち大好きなお母さんの自己投影した姿なのだ――多分。そんなセラシアに何かあったらと思うと、わたしは居ても立っても居られない。
「行かせられない! それに、セラシア嬢なら問題ないよ! 兄上たちは、彼女こそが被害者だと、甚く同情しているんだ。絶対に悪いようにはしない!」
「あ!」
確かに! 言われてようやく気付いたわ。
あらすじから読み取れる、虐げられヒロインを庇護したい王子様の特性を鑑みれば、間違いなくセラシアは大切にされるだろう。
と云うか、その展開こそが物語通りであって、ここからヒロインは王子様との恋を育み、悪役の断罪と、闇獣の討伐を果たしてハッピーエンドを迎えるのだ。
と云うことは——よ!
物語通りの、本来の運命に、強制的に引き戻されてる!?
「マズイわ。それはそれで、別の問題が出てくるのよ」
すなわち、悪役ルチルの破滅である。
結局どれだけ頑張っても、元のストーリー通りに運命は決してしまうのだろうか。
「だからっ、僕を信じて、手を取って欲しい! 僕なら、同じ王子として兄上に対抗できるから!」
「っ、……確かに」
言われて初めて気付いた。物語通りと大きく異なる展開が、わたしには幾つも起こっているのよ。そのひとつが、何故かわたしに懐いて離れない王子様だ。
中身成人以上な、お姉さんのわたしからすれば、ラファエルは12歳の子供だ。そこに完全に頼って自分の命運を掛ける気は、到底起きない。けど、あの血気盛んそうなメラメラ王子を、ひとまず回避するにはアリだと思う。
セラシアのことは気になるけれど、世界のヒロインである彼女だ。王子様相手で、そう悪いことにはならないだろう。
「じゃあ、お願いしても?」
「もちろん、喜んで!」
天使が光溢れる満面の笑顔で、わたしの手を引いた。
◇◇◇
有り得ないわ!
有り得ないったら有り得ない!
どうしてわたくしの可愛いルチルさんが、ぽっと出の人たちに悪く言われなきゃならないの!?
ルチルさんをちゃんと知っていれば、羨ましがり屋さんで、夢見がちな、助けずにはいられない子だって直ぐに分かりそうなものでしょう?
「あぁ、いけない。忘れるところだったわ」
呟いて、真っ直ぐ上級生の居る棟に向かおうとした足を、職員室に向ける。
淑女としてギリギリ許される早足で辿り着いた職員室の扉をノックし、入室が許されるやいなや、いつも丸めている背をしゃんと伸ばして朗々と声を響かせた。
「おはようございます。一学年主任は……いいえ、学園長はいらっしゃるかしら。セラシア・グランフィルドが、学園内で不当に三大公爵家を貶める行為が行われている件について、学園側の考えを伺いに参りましたの」
しんと静まり返っていた職員室内は、一瞬で喧騒に包まれる。
そう、これでいい。こうなるよう、わたくしは家名を告げたのだから。可愛いルチルを守るため、わたくしは自分の出来る最大限を尽くすのよ!




