第25話 成り立たないヒロインと悪役双方の幸せ
全寮制の王都礼法学園での生活が始まって二日目。両親は式典後直ぐに王都の公爵邸に戻り、既に学園には居ないし、何なら卒業まで今後足を運ぶ予定も無い。
それなのに、セラシアは変わらず野暮ったい格好のままだ。
しかも、物語では精霊使いの力の片鱗を見せ始める学園パートのはずなのだけれど、今現在、屋敷では時折見えていた彼女のキラキラは、完全に鳴りを潜めている。
「おかしいわ。お義姉さまこそが、精霊使いのはずなのに……」
それに、小説には黒と金の対照的な王子様二人なんてセットも登場した記憶もない。
原作との違いをつらつら思い起こしつつ、両頬をムニムニ両手で引っ張る。
今は入学式の翌日。一日を掛けて行われた、講義と学園施設の説明を行うオリエンテーションを終え、生徒それぞれに与えられている寮の部屋へ戻ってきたところなのだ。由緒正しい学園だけあって、全生徒に個室が与えられている。だから、気を遣う必要もなくて有り難い。
『パワパワ乙女、何してるにゃ? ほっぺが伸びて面白い顔になってるにゃ』
「んなっ、面白いって!? 安心するんだってば」
なんの意味もない。ただ、前世からの癖が出てしまっていたのだろう。コレをやると、何となく気持ちが落ち着くから、悩んだ時とか落ち込んだ時によくやってたわ。自覚なんてなかったけどね。
『それは良いとして、精霊使いってなんにゃ? わっちらは、精霊よりもずっと力無い人間に使われたりなんかしないにゃ。受け取った礼を返すだけにゃ』
「何って言われても、精霊って気に入った人に従って、働いたりするんじゃないの?」
『なんで従う必要があるにゃ』
意外にも素っ気ない返事が返ってきた。となると、もしかしたら『キミウタ』でヒロインに力を貸していた精霊は、キノちゃんとは違う種類……とか?
第一、ヒロインの味方の精霊が毒キノコ型なんて説明はひとつも無かったし。
「キノちゃんの他の精霊さんも同じ考えなの?」
『違うにゃ。堕ちた恩知らずは、受け取るだけにゃ。精霊の種類は、わっちと同じく恩返しする良い子か、恩知らずの悪い子のどちらかにゃ』
ソレって、精霊か、闇獣かってことよね。
物語のあらすじでセラシアは、精霊を使い、王国に害をもたらす闇獣を退ける活躍をすることになっていた。公開済みのストーリーでは、学園に入学したセラシアの優秀さと、どんな境遇にあっても曇りなく真っ直ぐなままの心根に気付いた王子様が、密かに彼女に手を貸して悪役家族から引き離していた。苦しい環境から解き放たれたセラシアは、少しづつ精霊使いの片鱗を見せ始め、萎れた花を咲かせたり、王子に盛られた毒を浄化したりと活躍を積み重ねてゆくのだ。
周囲にキラキラ輝く精霊の力を纏ったセラシアは、それは美しく表現されていたわね。
「キノちゃんたち精霊が集まって、人に力を貸したら、その人はキラキラするのよね」
物語ではそうだった。だから当然そうだと思っていたのだけれど、わたしの言葉を受けたキノちゃんは、きょとんとして小首を傾げる。
ちなみにキノちゃんは、部屋に戻るなりわたしの頭から木苺ジャムの乗ったクラッカーの並ぶテーブルの上へ移動している。両手にはしっかりとクラッカーも握られている。この精霊の為に、わたしは学園へもジャム作り用の小型コンロを持参する羽目になったのだが、まあ仕方ない。破滅回避のための貴重な力が、わたしも好物の木苺ジャムで得られると思えば安いものだ。
『それはわっちらが吸収したキラキラが見えてるにょ。美味をわっちらが吸収して、消化すると、キラキラするにゃ』
消化しないと無理だとは。意外に人間っぽい。そして今の言葉にはもう一つ、疑問点が残っている。
「美味って何のこと?」
いつも美味しそうに食べている野苺ジャムを食べたキノちゃんが、食べながらピカピカしているところなんて見たことはない。今だって、光ってはいないし。
『パワパワ乙女の野苺ジャムも、きんきら天使のふわふわ甘い美麗な外面も、生命力も美味にゃ。大好きなものは、消化すればキラキラ光る力になるにょ。扉を開けたり出来るにょ。
ただ、キラキラ乙女のむちむちキラランな溢れ出るフェロモンは特に美麗美味で、消化もいいから直ぐにキラキラな力になるにょ。空も飛べるにょ。
良い子の精霊はみんな同じにょ』
つまり、だ。味や容姿が好みのもので、精霊は奇跡を起こす力を得られると云うことだ。それがわたしの木苺ジャムだったり、ラファエルの容姿や生命力だったりするわけで。
ただ、セラシアだけは精霊が好み、即効性で奇跡を起こす力になる『特上フェロモン』を、美しい身形にすることで溢れ出させることができる——と。
ヒロインチートの正体は、まさかの精霊特化フェロモン!?
え? なら、虐げられ環境のセラシアが精霊使いの才能を開花させなかったのって、身綺麗に出来なかったからってこと?
なら、今の公爵家の大人しいセラシアのままだったら、キラキラしい身形をすることも無いから精霊の目に留まるフェロモンは出ないってこと?
王子様に庇護されて、彼の最愛としてチヤホヤされて着飾らされるセラシアにならなかったら、精霊使いになれないってこと?
物語に書かれなかった、意外なヒロインの能力の仕組みと、精霊との関わりに、若干乙女の夢が壊された気がするのは気のせいだろうか……。フェロモンに惹き付けられて、取り込む代わりに礼を提供する精霊の図式は、親しくなりたい水商売の綺麗どころに、色々貢ぐ図式に酷似しているんだけど。いや、推しにお布施を大量投資する図式と捉えた方が、まだ受け入れやすい……? まぁ、物語だし。夢見がちな読者の夢をわざわざ壊すことを書く必要は無いわけだし。
けどわたしの望みは、セラシアがエリオッツと結婚して、公爵家を継ぐまっとうな幸せルートなのよ。
そうなれば、晴れてわたしこと悪役ルチルは、王子様からの断罪を回避できて、公爵家次女としての控え目でも穏やかな幸せを手に入れられるはず!
わたしとセラシアが共に幸せになるためには、それが一番だって思っていたんだけど。
ヒロインって精霊を使って王国の危機となる闇獣を退けるんだったよね?
とすると、このままの方向で努力するとルチルの悪役離脱は出来ても、王国がヤバいってことで――
え、どうしよう! もしかしなくても、わたしの幸せを手に入れようとしたら、王国が滅びちゃう⁉
この世界は、どれだけわたしを破滅する悪役にしたがってるのよ!
もぉぉおーーーー!!




