第24話 メラメラ第一王子と、まさかの鉄壁防御布陣
突如として現れた黒髪の青年は、一瞬にしてラファエルの背中に隠されてしまった。
けど、彼が兄上と呼び掛ける相手とは、つまり第一王子と云うことで……。
セラシアを虐げられる環境から救い出して溺愛し、悪役を破滅する宿命の持ち主――つまり、悪役ルチルの天敵が、確実に目の前に居るってことだ。
そのヒーローが、今わたしに背中を向けているラファエルなのか、わたしを問題視して駆け付けた第一王子なのかは分からないけれど、どちらかは確実にそうなのだ。
「か弱い男子生徒と、儚げな女子生徒が被害を受けているとの報告を受けて来たんだが……、お前だったのか」
「僕は何の被害も受けていませんよ、兄上?」
ラファエルの背中越しに聞こえる会話は、どこか剣呑とした雰囲気の漂うものだ。もしかすると、この兄弟は仲が悪いのかもしれない。
「それより誰が、そんないい加減なことを言ったのですか。兄上の側近になろうかと云う者に、憶測や印象だけで物事を曲げて伝える不届き者が紛れているようですね」
どうやらラファエルは、天使の仮面を外して黒い素顔の方を曝しているらしい。第一王子に付き従う面々の一部が、気まずそうに視線を逸らしている。
「可哀そうに、急に上級生に囲まれた僕の友人たちが怯えているじゃないですか」
って、あれ?
もしかして、わたし、ラファエルに庇われている?
「だが、報告が上がって来れば、生徒会として正しく対応するために確認する必要があるのだ。一方の言い分だけを鵜呑みにするつもりは無い」
「けれど、さっきの兄上の言い様は、こちらへ来られる過程の態度を含めて、嫌疑をお持ちと表明されているようなものでした」
王子二人の言い分が、真っ向からぶつかり合っている。高貴な二人の間に入れる人間なんて、この場に居るはずもなく、わたしを含めて周囲は固唾を呑んで見守っている。
そんな中、殊更おっとりとした声が響いた。
「困りましたわ。わたくし、今が一番被害を受けております」
セラシアだ。伏せた顔は、前髪でほぼ隠れてはいるが、その隙間から覗く目は強い非難の色を帯びて、真っ直ぐ正面の王子様達に注がれている。
物語では、ひたすら耐えるヒロインが王子様の目に留まるシチュエーションは用意されていたけれど、王子様に食って掛かる目立ち方は無かったはずだ。と云うか、不敬なのでは……!?
「お義姉さま、やめてくださいませっ!?」
「いいえ、止めないでください。いつも妹に世話になってばかりの姉ではありませんわ。可愛い妹のためなら強くもなれるのですよ」
頼もしく言い切りながらセラシアは、わたしの前に進み出てしまう。結果、悪役ルチルの眼前に、ヒロインと王子様によるまさかの鉄壁防御が出来上がる。
「いえいえ、ダメですって! お義姉さまの穏やかな幸せが、わたしの望みなんですからっ」
慌ててセラシアと、ラファエルの制服を、背中の中央の生地を摘んで引っ張りつつ、二人の間から防壁列に顔を突っ込んだ。
「——っ!?」
当然の如く、壁の向こうに居た第一王子と視線がぶつかり合って、わたしは息を呑む。だって、第一王子の顔ってば……
限りなく日本人顔!
イケメンアイドルの整った部類ではあるけれど、何処かで見たような、慣れ親しんだ感覚すら湧き上がる面立ちだ。
「どう云うことだ……? あり得ん、二人とも正気か? よもや悪役が魅了している? 私を差し置いてか!? それとも、こちらを撹乱しようとしての策略?」
第一王子の口からボソボソと呟かれる言葉は、ルチルへの疑いを捨てていないものばかりで。疑念と焦燥と嫉妬みたいな負の感情を綯い交ぜにした視線が、わたしの心を折りに来る。
疑念が、彼の背後に炎の形になって湧き上がっているみたいだ。いや、本当に何かが見えている。セラシアのキラキラみたいな清浄な光じゃなく、なんかこう、攻撃的な色の光ね。
『メラメラにょ。あれは美味じゃなさそうにゃ』
頭上から、キノちゃんのため息交じりの声が聞こえる。再びの不名誉な渾名の危機に、ひゅっと息を呑む。けれど、正面の第一王子や側近を始め、周囲に人垣を作りたした生徒からも、特に何の本能も起こらない。幸いにして、この場にキノちゃんが見える者は、ラファエルを置いて他は居ないのだろう。
「兄上、ただの善良な新入生でしかない僕たちが、これ以上無為に目立たされるのは本意ではありません」
「生徒会のみなさまは、非力なわたくしたち新入生を何に仕立て上げたいのですか!?」
わたしの左右に立つ二人が、再び口撃を始めてしまった。味方が居ないと思っていた悪役ルチルとしては、心強い上に感涙ものではあるんだけど、第一王子を敵視してのタッグは心臓に悪すぎる。
悪役ざまぁを待たずして、普通に不敬で処断されるんじゃあと、気が気じゃないから!
「あのっ、ですね! ラファエル様も、お義姉さまもっ、そろそろ講堂への移動を再開しないと、入学式に遅れてしまいますわよっ」
とにかくこの場を締めようと、強引に割り込んだわたしだったけれど、意外にも第一王子も含めて引き下がってくれることとなった。
最後までラファエルが文句を言っていたけれど、わたしの本望は平穏な生活なのよ。お願いだから波風を立てないで欲しいわ……。
入学式は、在校生代表として登壇した第一王子の視線が、しばしば鋭く突き刺さってはくるものの、予定通りに終了した。
お父様、お母様とも講堂で再会したけれど、野暮ったい身形でわたしの後ろに付き従うお義姉さまを見て、なんだか満足気だったわ。
お義姉さまの格好は、わたしを目立たせないためなんて本人は言っていたけれど、もしかしたら入学式来賓として訪れている、お父様、お母様対策もあったのかもね。
うん、賢いお義姉さまだもの。そうに違いないわ!




