第23話 学園入学から始まる新展開で、いきなりの王子登場!
王都礼法学園。
そこは、ヒュアツィンテ王国内の12歳から18歳までの貴族子女が集う、国内最高峰の教育機関だ。
今日はついに『キミウタ』の新展開となる、王都礼法学園の入学式を迎えたわけよ。生徒らは控室に一旦集められ、親達は入学式会場である講堂へ先に通されている。あまり広くない控室に集められた生徒らは、ここから渡り廊下を通って、講堂の新入生入場口をくぐることになるのだけれど、周囲をざっと見渡せば、名だたる有力貴族の子女の姿をあちこちに確認することができた。
と言うのも、他にも王国内には地方の分校や、一般市民向けの学園が存在するけれど、王族も通う由緒正しい学舎は、王城の御膝元に設けられたこの王都礼法学園ひとつきりなのだ。
そんなわけで、精霊使いシャレードの血筋を引き継ぐ三大公爵家のひとつ『グランフィルド家』の、わたしが入学するのは当然ながら王都礼法学園となるわけよ。
つまり、必然的にお義姉さまと王子様方のニアミス確率は上がるわけで……。
「やあ、ルチル。今日からは同じ教室でいつでも会えるんだね」
何で、わたし!?
渡り廊下を歩いていれば、天気の話題を口にする気安さで、尊き秘密の天使様が襲来した。
ふわふわ蜂蜜綿菓子金髪が目に眩しい。思わず顔を顰めて視線を反らしたわたしは、悪役ならではのヒーローに対する負の走行性を示していた。不敬なんて言葉さえ無ければ、今歩いて来た渡り廊下を回れ右してるわ。
「あれれー? ルチルったら僕のことは知ってるよね。照れているの? 忘れられちゃった、なんてことはないよね」
執拗に行く手を遮るきんきら腹黒天使は、ヒロインではなく、何故か悪役ルチルをロックオンしている。忘れるわけない。自分を破滅に追い込む因縁の相手——である可能性が、限りなく高い王子様なんだから。黒い腹の底とは正反対の、澄んだ空色の瞳を柔らかく細め、薔薇色に染めた頬と、弓張月の高貴なシルエットの唇が目の前に割り込んでくる。恐ろしく整った顔だ。こんな人間離れした者が何人もいてたまるものですか。
しかも、彼に付き従うエリオッツもブロンドベージュ髪の爽やか系美少年だから、美形の視覚的暴力の相乗効果で、通りすがる生徒たちの視線を悉く引き寄せちゃうし。
「覚えておりますとも。けど、入学式くらいは穏やかに過ごしたかったですわ。それなのに、動く芸術品なラファエル様方のお陰で、早くも周り中の注目を浴びることになってしまいました。確なる上は、取り敢えず逃げたら良いかしらと考えてたところです」
「そんな寂しいこと言わないで欲しいな」
しゅんと眉を下げたラファエルだけれど、その姿もまた美しい。そのせいか、周囲からの視線が更に強くなったような気がする。
「まぁ、お可哀想に……。あのお綺麗な方が、気の強そうな方に責められていらっしゃるわ」
「しいっ、あの赤髪は公爵家の……」
「では、あの後ろの引っ詰め髪の方はもしや、ただの世話役ではなくて、先妻のっ」
「蔑ろにされていると云う噂は本当でしたのね」
「だって、見るからに……ねぇ?」
ヒソヒソと囁かれる他の生徒らの言葉に、ギクリとした。わたしは自分で言うのもなんだけれど、美少女だ。けれど元が悪役だったこともあり、髪が目を刺す強い赤色をしていたり、長い睫毛で強調されたクリリと大きな目は、目尻が若干上がっていて——
詰まるところ、大変気が強そうなのである。
そのわたしの前に、シュンと肩を落とした庇護欲そそる天使ラファエル。彼の背後に、天使に振り回されて疲れの滲むエリオッツ。わたしの後ろに、皆と同じ制服姿ではあるけれど、美しいはずの緑銀の髪を野暮ったい一括りにしつつ、背を丸めて俯くセラシア。
ちなみにセラシアの格好は、わたしがいくら髪型を整えた垢抜けたものにしようと説得し、手を回しても変えることは出来なかったのよ。お義姉さまが「だって、ルチルさんはとっても綺羅びやかな可愛い容姿なのよ? だったらわたくしは落ち着いた格好でいないと、わたくしの可愛いルチルさんが目立ち過ぎて、変な輩が寄って来ちゃうかもしれないわ」などと理屈を捏ねて、頑として譲ってくれなかったワケで。その結果が、まさかのコレよ。
「ひょっとして、わたしがお義姉さまだけじゃなく、ラファエル様やデメンテル伯爵令息様まで虐める悪女に見られてる!?」
なんと、日頃の努力虚しく、物語より悪役度がアップするなんて!
Web小説のルチルは、今のわたしと同じく、セラシアを世話役として学園へ同行させていた。そして、身の回りの世話、雑務、課題、無茶振りも勿論挟みつつ、彼女の婚約者エリオッツにもベタベタくっ付いて、ヒロインを肉体的にも精神的にも追い詰める悪役振りだったわ。
「それが現実ではパワーアップして、ラファエル様たちまで被害者役で増えてるのぉ!?」
愕然と呟いたところで、廊下の向こうから誰かを先頭にした一群が、足音高く近付いて来た。
『メラメラが来たにょ』
今日はまだ姿を見せていなかったキノちゃんが、頭上にヒョッコリ姿を現して声を弾ませる。
わたしは、渡り廊下のガラス窓に映った毒キノコ&悪役の姿に大焦りだ。苛立ったお母様よりも強い足音が、真っ直ぐ向かって来るのも、キノちゃんの言う『メラメラ』も気になるけど、それ以上に自分の姿よ!
「ふぁぁぁっ、入学式早々、毒キノコ令嬢なんて渾名が付いたら、わたしの学園生活がマズイんだけどっ」
「落ち着いて、ルチル。キノちゃんは、普通の人にはただの光の粒くらいにしか見えないから」
あたふたしていれば、ラファエルが何の根拠を持ってか、そんな事を言う。
けど確かに、今までキノちゃんにしっかり反応したのは、彼だけだ。セラシアは、光には見えてたみたいで、お母様やエリオッツをはじめ、大多数の人たちに至っては、何の反応を示したこともない。犬には、見えたみたいだけどね。
「そんなことより……厄介な相手が来た」
外面穏やか天使らしからぬ、唸るような声で呟いたラファエルは、足音の主に険しい視線を向ける。
「え? 厄介って」
「そうだ、厄介とは何だ」
思わず声を上げたわたしのすぐ後に、初めて耳にする声が続いた。
「揉め事の気配がして来てみれば、見られて困ることをしていたのではあるまいな」
いきなりの冤罪に、ムッとして鋭い視線を声の主へ投げつければ、そこには定型の制服に白いマントが特注仕様で取り付けられた、黒髪の青年が険しい視線を返してくる。その背後には、10人程の生徒らが、白い腕章を付けて付き従う。
「ぅわぁ、医院長回診……」
思わず、前世の入院していた時に見た光景を思い出して呟けば、黒髪青年は大きく目を見開く。
「え? こっち?」
次いで、拍子抜けしたような、裏返った声でボソリと呟く。
一体何が言いたいのかと口を開きかけたところで、どこか不貞腐れた表情のラファエルが、わたしと青年の間に身体を割り込ませた。
「兄上」
ラファエルからハッキリと発せられた言葉は、真っ直ぐ目の前の黒髪青年に向けられている。
どうやら、新展開早々に断罪要員との邂逅を果たさせられてしまったみたいで……。
わたしの悪役離脱計画は、初日から頓挫の危機に見舞われることとなったわ。はぁ。




