第22話 新ステージを前に、悪役ルチルは我儘&欲しがり属性を再認識する
今日もセラシアは虐げられている。
お茶会の無い、何でもない日であっても。
「まぁ! 奪う事ばかり得意な女の血だけあって、こんな簡単な手仕事に一体どれだけ時間を掛けているのかしら? 他の仕事も無い、こぉんなにも恵まれた環境で、貴族令嬢の嗜みである手芸さえ満足に出来ないなんて。困ったものねぇ」
今日も今日とて、お母様の甲高い声が公爵邸に響き渡る。
声の発生場所を目指して足早に急行したわたしは、虐げイベント真っ最中である裁縫部屋に到着することが出来た。
「お母様? 昨日からセラシアお義姉さまをお見掛けしないと思ったら……」
まさか、こんなところに居るなんて。初めてのパターンよ。
お茶会も無いことだし――と、すっかり気を抜いて、昨日一日キノちゃんへの『礼』である木苺ジャム造りにかまけていた自分の迂闊さが恨めしい。洗濯場、厩舎、畑、炊事場でお義姉さまを見ないからと、警戒を怠っていたのは間違いだったらしい。
「貴族令嬢の嗜みで一般的なのは刺繍であって、壁掛け織物製作ではありませんよね? しかもつい先日、慈善活動として100枚もの刺繍ハンカチを教会に提供したばかりですよ。とするなら、タペストリーは何のためのものでしょう?
見たところ、この部屋にはもう幾つもの小品が有るんですけど、セラシアお義姉さまの個展でも開かれるのでしょうか?」
手芸道具がふんだんに揃った室内を見渡せば、輝く光の粒を纏った小振りなタペストリーが、既に5枚も並べられている。頭上のキノちゃんが嬉し気に飛び跳ねるから、わたしは不自然に頭を押さえる羽目になってしまった。「もしかして、頭の痛い話だったらどうしましょう」などと不自然な呟きを漏らしての偽装も忘れない。ここでキノちゃんがキラキラに惹かれて飛び出したら、別の騒ぎを起こしかねないもの。
作り掛けのマクラメ編みタペストリーを大切そうに持ったままのセラシアは、疲れを滲ませつつも穏やかな表情を崩さない。さすがは、虐げられつつも清らかさを失わないヒロインだ。勿論、彼女が手にした作品も、精霊キノちゃんが歓喜する煌めきを放っている。
「まあ、ルチルったら。私はセラシアのためを思って言っているのよ。手に職があった方が、彼女も困らないでしょ?」
お母様は、お義姉さまを虐げているとは思われたくないらしい。わたしに優し気な笑みを向けつつ「私の作った見本も混じっているから、多くに見えちゃったのね」などと見え透いた嘘を続ける。
いや、お義姉さま以外の誰かが作ったもので、こんな光っている物なんて見たことないから! お母様には、この光も見えていないのかもしれない。となると、気になるのはタペストリーの使い道だ。
慈善活動は貴族の嗜みとは言え、そう頻繁に大量の手芸品を納めることなどない。前回の刺繍ハンカチの納品は、まだ教会のバザールに並んでもいない直近だったし。その上、再び大量のタペストリーを追加などしたら値崩れしちゃうし。
「いいえ、そんなことより前回のハンカチ以上に輝いたコレが、誰かの目に留まって、とんでもない権力者がパトロンに付くなんて話になって、更には世界の強制力が働いちゃったりして、最終的に王子様の目になんて留まったら――目も当てられないわ……」
だってわたしは悪役ルチルなのだ!
国家の最高権力を敵には回したくないから、ヒロイン・セラシアと王子様は絶対に近付けたくないのよ。すなわち、わたしの望む最高の結末は、ヒロイン・セラシアの平穏な人生。彼女が最初の婚約者エリオッツとの婚約を恙無く履行し、幸せな結婚をして公爵家を継ぐことなんだから!
愕然としたわたしの前では、何故かお母様までもが同じようにショックを受けた表情をしている。
「それは困るわ……! まさか、こんなささやかな手仕事が、私から奪い続けた女狐の娘に、更に与えることになるなんて!!」
動揺したお母様は、自分が見本で作ったって設定を一瞬で忘れたらしい。いや、分かってたけどね。
呆れるわたしを他所に、お母様は何故だか勝ち誇った笑みを浮かべて、ポカンとした表情のまま作業椅子に座ったままのお義姉さまを徐ろに見下ろす。
「ふんっ、残念だったわね! お前たち女狐母子にばかり都合よく事が運ぶと思ったら大間違いよ!
今回のタペストリーは、この屋敷で保管することにするわ。それはもうしっかりと櫃に納めて、絶対に表舞台に出したりしませんからっ。悔しければ、もう作らないことね。ふふっ、残念だったわね!」
声高に告げたお母様は、完成したタペストリー5枚を手早く回収し、足音高く裁縫部屋を後にした。
全くもって勝手な上に、ズレた理屈ではあるけれど、取り敢えずこれでしばらくの間は、面倒な手芸絡みの嫌がらせは鳴りを潜めるだろう。
人間では、わたしとセラシアだけが残された室内は、すっかり静けさを取り戻した。
「お義姉さまも、諾々とお母様の無茶振りを受け入れたりせずに、少しは拒絶されたらどうですか?
今日の一件で、しばらく手芸関係の嫌がらせは無いでしょうけど、懲りないお母様は、きっと別の嫌がらせを考えて来ますよ」
わたしは虐げ回避の緊張を解しに、両頬を左右の手でぷにぷにと引っ張りながらセラシアお義姉さまに視線を向ける。
途端にわたしの拘束から逃れたキノちゃんが、作業机に残る作りかけタペストリーに飛び付いた。キラキラ輝く細かな光の粒を舞い上げながら、軽やかにスピンする——うん、どう見ても胞子を巻き上げる毒キノコね。
「まあ、ルチルさんったら。お母様の言いつけは、確かに急で大変な物があったりするけれど、そう困ったものでもないわ。こうして、ルチルさんとの距離が近付いたり、良いこともあるんだもの」
にこりと穏やかな微笑みを向けるセラシアに、虐げられヒロインの悲壮感はない。
ただ現状は、わたしの目指す『セラシアの平穏な人生』にはまだほど遠い。物語を際立てる悪役の隆盛と、派手な没落は、ヒロインの幸せと直結⋯⋯いや、反比例するのだ。
この世界である『キミウタ』のあらすじ通り、王子様に溺愛されて、精霊使いの才能も開花し、王国を闇獣の危機から救うはずのセラシア。その筋書き通りになることが、彼女にとって一番の大きな幸せを手にする方法なのだろう。
けれど、わたしは自分の身可愛さに、彼女から一番大きな幸せを取り上げようと計画している。
あぁ、わたしはやっぱり我儘だ。
どこまでいっても、自分の都合でヒロインから幸せを取り上げる、悪役の欲しがり義妹ルチルなんだ。
——そう思い知って、気持ちが塞ぎ込みそうになる——寸前、両頬を渾身の力でむにりと引っ張った。
「けど、こう生まれた以上仕方がないもの。むしろ、大好きなおかあさんの面影の残るこの世界に生まれてきたことに感謝よね!」
だからこそわたしは、我儘いっぱいに、セラシアを理不尽な虐げから守るのよ!
だって、人生序盤のこんなところでまごついているわけにはいかない。Web小説の展開の速さは、わたしたちの人生にも言えることで、悪役・ルチルと、ヒロイン・セラシアは、来年早速新たな局面へ突入するんだから。
12歳を迎えた貴族子女が、デビュタントを迎える18歳まで通う王都礼法学園。物語通りなら、来年には公爵令嬢であるルチルもそこへ入学することになる。お義姉さまは、ルチルに甘々の両親が付き人として共に入学を許される。
来年。
そこから新たなステージが始まるわけよ。




