第21話 第二王子ラファエルが継ぐ『勇者の眼』
僕の幸せは、孤独と引き換えだ。
僕を取り巻く環境は、意図して作り上げられた穏やかさに包まれている。
常に安全と安寧がもたらされるよう父上と母上が心を砕いてくれた結果だ。それが親子の愛情から来るものなのか、政略、施策的なものなのかは分からない。
だって第二王子の立場なんて、長子のスペア、補佐役となることがほとんどの微妙なものだ。
身分は高いが、より高いもののためにだけ存在する。
重いようで軽い。軽いようで自由でもない。
そんな守られた場所であっても、口さがない者のお喋りが、風に紛れて漂って来る。
「やはり第一王子は素晴らしい。あのお年で、また画期的な制度を発案されたとか!」
「それに引き換え、第二王子は臥せりがちで、我らの前にも滅多に姿を見せられん。アレでは体力知力共に、到底第一王子には敵うまいよ」
「おい、滅多なことを言うものではないぞ。それではかのお方が、出涸らしと言っているようなものではないか」
「貴公こそ、言葉に気を付けられよ。だがしかし、明確に父君の色を継ぐ第二王子こそ、紛うことなき現王の血筋であろう」
「だがそれだけだ。更に言えば第一王子のお姿こそが、王家系譜を遡った先の開祖の姿ではないか。優秀なかの方の、現王との差異を論うことこそが不敬であろう」
遠慮の無い言葉が突き刺さる。何より、心を抉られる言葉は、正面から向けられるのでは無く、僕のいないところで隠れて発せられている。当人も、おもねるべき権力者も居ない場所の、第三者同士で。
それなのに、僕の眼と耳は、密やかに囁かれる言葉をしっかりと受け止め、心に刻み込んで来る。突き刺してくる。
嘗て乳母から聞いた話だ——
僕が生まれて間もなく。赤子の僕がようやくつぶらな瞳を開くと、乳を与えようとしていた乳母はその瞳のなかに太陽の紋章を見付けて、とんでもないことになったと、息を呑んだらしい。
と言うのも、僕が生まれた時にはヒュアツィンテ王国開祖の特徴を持った兄王子が、既に生まれていたからだ。
僕が、父たちの容姿を受け継いだだけの凡庸な存在だったなら、何も問題は無かった。けれど、兄に開祖の容姿、僕に開祖以来始めて継承された瞳の紋章が現れた事実は、父王を悩ませることとなった。
開祖の特徴を継ぐ王子の誕生は、喜ばしいもののはずだ。けれど、それが同時に二人現れたとなると、国家を二分する動乱の火種となってしまう。
「これは……由々しき事態ですわ」
真っ先に気付き、呟いたのは乳母だった。
王族の乳母ともなれば、国王夫妻の信頼篤いそれなりの身分の者だ。だから彼女は、ことの重大性を察して秘密裏に瞳の紋章のことを奏上したのだ。
彼女の迅速な働きにより、早々に瞳の紋章を隠蔽すべく対策された僕は、厳重に存在を秘匿されることとなった。
既に第一子として表舞台に立っていた二歳上の兄は、特異な容姿で貴族のみならず民衆からも注目を浴びていた。だから、病弱に生まれた僕がひっそりと息を殺して城の奥深くで生活していても、誰も気にすることはなかった。
だって、僕は優秀な第一王子の出涸らしだから。
王族のほか、他言無用の契約に縛られた使用人だけが足を踏み入れる、城の奥深く。そこから仰ぎ見る塔の窓に、父王によく似た金髪の少年の姿を捉え、第二王子の存在に気付く者は居た。同時に、ひっそりと離れに息づく僕を見た者たちは、僕を噂通り脆弱で病がちが故に、秘された存在とも認識した。そうして、ごく一部の者たちには存在を認識されながらも、僕は病弱で儚い存在として手厚く保護され、人前に出ないまま10歳を迎えたんだ。
◇◇◇
10歳の誕生日プレゼントは『側近候補』と言う名の、兄以外では初めて出会う同世代の子供だった。
城の離れにひっそりと設けられた僕の部屋で、初顔合わせを行った彼は、緊張を隠しもせずにきょどきょどと視線を彷徨わせた。王子の傍近くに仕えるには、少々足りない――そんな印象を受けたけれど。期待される兄の側近ではなく、劣るとの悪評ばかりが出回る僕の側近候補なのだ。どこか抜けている者なのは仕方がないだろう。
「はじっ……め、ましてっ。デメンテル伯爵家が、次男っ、エリオッツと申します。これより、おっ……御身の側近候補として、お側にっ、仕えさせて頂くこととなりました」
「あぁ、宜しくね。それにしても君も災難だったね、僕みたいな病弱な者に仕えることになっちゃって」
がばりと勢いよく頭を下げたエリオッツは、所作も話し方も完璧には程遠い。
「いいえっ! 僕の王子さまは、王国の太陽に相応しくとっても綺麗な方です。とてもっ、光栄です!」
けれど、真っ直ぐに向けられた視線には、微塵の嘲りの色も見えなくて。
「へぇ? こんな僕なのに、面白いね」
手の掛かりそうな、このエリオッツを一目で気に入ったんだ。
僕が受け継いだ『勇者の眼』の最初の持ち主は、『ヒュアツィンテ王国』を興した一人だ。精霊使いシャレードは、通り名のまま精霊に不思議な力を奮わせることが出来た。そして僕の先代――未来を切り拓く勇者オズ――彼の『勇者の眼』の能力は、嘘や偽りはもとより、対象の本質的な状態を見通すものだ。
生まれながらに能力を発現させ、常に瞳の紋章を発動させていた僕ではあったけれど、10歳を迎える頃には能力を制御出来るようになっていた。意図して『見抜く』能力を使おうとしない限り、瞳の紋章は現れない。
だから僕にも側近候補が与えられ、少しづつ外の世界と関わる自由も認められるようになった。城の奥深くから出る度に、物々しい護衛が付くのは頂けないけれど、真の自由のためにはその程度の不自由は享受するしかない。
だって眼の力を遣えば、王城は意外と融通の利く場所なんだから。よく見さえすれば、城のあちこちには隠し通路が幾つも設えられていて、僕はもっと幼い頃からひっそりと城内はもとより、外へもしばしば足を延ばしていたんだ。けど人目を盗んでの探索だったから、あまり時間を掛けることも出来なかった。それが、堂々と出られるようになるなんて!
そうして一気に広がった世界で11歳になったある日、僕は予想通りにやらかしたエリオッツに付いて行き、もっと面白いものを見付けることが出来たんだ!!
少し思い込みが強くて、流されやすいけれど、外見はブロンドベージュ髪の爽やかに整った面立ちのエリオッツと、無垢で柔らかな笑みを向けるだけで、殆どの者が頬を染める僕の二人を前に、ただの不審者だと断じる想定外の反応を示した少女。
「自力で運命を捻じ曲げるしか、破滅を回避する道はないのよ!」
そんな令嬢らしからぬ勇ましい言葉を吐き、不可視の存在に形を与えた少女。
名前は、ルチル。
全てが見通せてしまう味気ない毎日が、こんなに愉しくなるなんて。
しばらく眼が放せそうもない。




