第20話 嫌がらせその③ 猟犬ぐーるぐる 3
「きっ……危険すぎる。もぉ、破滅の使者にしか見えてこないわ」
ラファエルのヒーロームーブに、わたしは愕然と呟くしかない。
わたしが無もなきモブだったなら、前世も今も変わらぬイケメン好きだから、心置きなく黄色い声援を送り、何なら護られている現状、ポワンと頬を染めていただろう。けれど、わたしは悪役ルチルなのだ。
「護られるのなんてお断りです! わたしは自分で何とかします!!」
宣言して、ラファエルの腕の中から脱出した。
「えっ、ちょっ!? ルチルっ」
焦った声を上げるラファエルだが、眼前に牙を剥くブラックの毛色の犬が迫る。彼は悔しげに唇を噛み締めて、わたしを追う動きを止めた。
犬からの初撃は、ラファエルのやんわりと振るった枝の動きで受け流された。避けられた犬は、何が起こったのか理解しきれず、すぐに気を取り直して再び飛び掛かる。犬の繰り出す、全身の筋肉を躍動させた攻撃に対して、ラファエルの動きはゆったりとして、どこか華麗でさえある。
気付けば、自分たちに襲いかかる犬は、最初に牙を剥いたブラックの犬だけとなっていた。吠えていただけの三匹は足を止め、リーダーと目されたブルーの毛色の犬は静かにこちらの動きを伺い、目を向けているだけだ。
わたしは、大見得を切って飛び出したものの、犬の壁を超えて小屋へ向かう力もなく、更には警戒すべき王子様を見捨てることもできずに、立ち尽くしていた。小枝を手に、ラファエルから数歩距離を於いたその場で、プルプル震えていることしかできない。
冷静に状況を眺めていたリーダー犬に、そんなわたしがウィークポイントと捉えられたのは、当然のことだろう——
がうっ
ブルーの犬が発した短い唸り声に、犬たちの視線が一瞬にしてわたしに集中する。
『パワパワ乙女は、守らなくて大丈夫にょ?』
頭上から響いたのんびりとした言葉に、理解が追い付かずに目を瞬かせる。
「え? だって、さっき無理だって……」
『パワパワ乙女が、小枝で無双して犬を制圧出来るようにするのは無理にょ。力も、技量も、体力も、動体視力も、先読みの力も、経験も無いにょに、全部補うのは無理にょ』
ボロっかすである。けど、事実だけに遇の音も出ない。確かにキノちゃんの言う通り、さっきのリクエストは、わたしを超強くするものだった。真綿と砂糖水に漬け込んで、我儘いっぱいに育てられたルチルを、獲物を狩ることに特化して訓練された犬の群れに負けない戦士にするのは、多少の強化では無理だろう。
「それなら」
わたしがキノちゃんと相談している間にも、機を読んだブルーのリーダー犬が指示を送り続けていたらしい。ブラックがラファエルに飛び掛かった瞬間、残りの犬たちが一斉にこちらに向かって猛然と地面を蹴った。
「ルチル!」
「身を護る方向で!」
ラファエルとわたしの声が重なる。
突然、わたしの目の前に真っ黒な装束をした成人の背中が現れた。おお、これはもしかして王家の影とか呼ばれちゃう人なのかも……なんて呑気に考えている間に——
わたしの視界は鮮やかな黄色の毒キノコに埋め尽くされた。
「ルチルーーーーー!?」
ラファエルの、とことん焦った声だけが耳孔に飛び込んでくる。
けれど、視界は毒キノコ毒キノコ毒キノコで塞がれているし、全身に何かを感じることもできない。
それでも、恐怖心は無い。今度こそ、無理のない範囲でわたしの要望を汲んだキノちゃんが、精霊の力でわたしを守ってくれたんだって分かっているから。
なのにラファエルったら、あんな絶叫を上げてどうしたのかしらねー。
――あ、そういえば。
目の前が毒キノコ一色になる寸前、目に入った光景は、なかなかのホラーだった。わたしの腕を始め、ドレスの胴体部分やスカートに至る全身から、小さな無数の毒キノコが噴き出していたんだもの。その上、物凄い勢いで成長して、全身隈無く覆い尽くされて行ってた。
すぐに視界が毒キノコに塞がれたけど、あの症状がそのまま進行したとしたら、今のわたしの姿は毒キノコ笠でびっしり覆われた、集合体恐怖症にはたまらない状態となっていることだろう。
良かった、本人には見えない状態で。ラファエルはきっと見ちゃったのね。それなら絶叫の意味も解るわ。全身びっしり鮮やかな黄色い毒キノコの笠で覆い尽くされた人体なんて、トラウマものだものね。
あ、ついでに、これでわたしから距離を取ってくれたらラッキー。
「ルチルっ!!」
ラファエルに再び大声で呼ばれた時、急に視界に光が飛び込んできた。
木漏れ日の降り注ぐ林の景色を背後に、至近距離で覗き込んだラファエルの綿菓子みたいなふわふわの金髪。泣きそうな天使の面立ちも麗しく、心象的にも眩しいわ。
「良かった! 窒息するんじゃないかって、心配でたまらなかった!! キノコはやたら多いし、なかなか取れなくてっ」
『わっちがそんな失敗するわけないにゃ。キノコたちは犬たちの牙から、ぱわぱわ乙女をしっかり護ったにょ?』
美麗な天使の顔が蒼白なのは、心配したからか、はたまた密集キノコのビジュアルにやられたのかは分からない。けど、助けようとしてくれたのは本当なんだろう。
今も話しながら、わたしの全身を覆ったキノコを両手でガシガシ取り除いてくれている。キノコまみれの身体は、分厚い布団でぐるぐる巻きにされたみたいに、身動きが取れなくて、状況を確かめたかったわたしは視線をきょろりと巡らせて周囲を観察する。
すると少し離れた木の根元に、五匹の犬全てが縄で繋げられているのが見て取れた。
「凄いじゃない! 犬たちを捕まえたの!?」
「あぁ、うん。半分……いや、大半はルチル――? の、お陰……かな」
何だか歯切れが悪い。しかも、キノコ防御で身動きも取れないわたしのお陰とは、意味が分からない。首を傾げられないので、キョトンと何度も目を瞬かせていると、キノちゃんが『もう大丈夫にゃ』と、全身を覆いつくした毒キノコすべてを、一瞬で消し去ってしまった。
「キノちゃん、助かったわ! わたしじゃ何もできなかったもの。なのに、わたしのお陰で犬達を捕まえたってどう云うこと?」
ようやく自由になったわたしは、首をぐるぐる、肩をグリグリ回しつつ、ラファエルを見遣った。すると、彼だけ時間が止まったのか、動きどころか瞬きさえせず、両目を大きく見開いたまま硬直している。
「んん?」
と、小首を傾げつつ、ラファエルの顔を覗き込むと、無表情は一転、安堵の混じった笑顔が弾けた。
「良かったぁぁーーー! ルチルだって分かってるけど、あの姿が衝撃的過ぎてっ。犬達も、キノコにびっしり覆い尽くされたルチルの姿に、怯えて尻尾を巻いてしまうくらいだったんだよ。だから、その隙に犬達を拘束していったんだ!」
まさかそんな簡単に、猛る猟犬を征することが出来るわけがあるのだろうか。大袈裟に言ってるわよね、と思いつつ訓練された犬たちの姿を視界に収める。
——と、犬達はわたしと目が合った途端「きゃうぅぅん」と情けない声を上げて、下げた尾を後足の間に入れてしまった。ホントだったのね。
どうやら、わたし型の集合体は、犬にとってもトラウマものだったらしい。
「あなたは大丈夫だったの?」
「え、僕? まぁ何とか、元気なルチルを見られたから、心配も、他の感じも、まとめて吹き飛んだよ」
どことなく笑顔が引き攣って見えるのは、やっぱり彼も密集キノコのビジュアルダメージから完全回復していないからだろう。
ただ敢えてそれを悟らせまいとして、わたしに気遣いするラファエルは、意外と良い奴なのかもしれないな、と。ちょっぴりだけ、心のハードルを下げたのだった。
断罪、破滅回避のために、距離的ハードルは絶対に下げないけどね!
そうそう、セラシアとエリオッツのお茶会は、予定通り開催されたわ。わたしとラファエルは、保護者みたいに二人の背後に立っての参加ね。直接関わりのない微妙な距離感。
うん、このくらいが丁度良いわ!




