第19話 嫌がらせその③ 猟犬ぐーるぐる 2
天使然とした可愛い系少年――しかも丸腰の超高貴な貴族令息に、向かってくる狩猟犬五匹を相手取った大立ち回りが出来るだろうか?
「いや、無理でしょ!!」
すかさず突っ込みを入れたわたしに、ラファエルはムッと唇を尖らせる。
「ルチルは、僕を何だと思ってるの? 大体解っていると思っていたんだけどなぁ」
「秘密主義すぎて尊いだろうことしか知らないですー!」
「ルチルだって、しっかり王子って言ってたじゃない」
「あー、改めて聞きたくなかったぁぁあ! そんな尊きお方が、どうして我儘ルチルのところにウロウロ現れてるのかなぁ、もぉ!」
小説で、自分を断罪するあろう王子様がラファエルと云う名前だったかどうかは覚えていない。と云うよりも、登場したところで話はエタってしまったのだ。その時点で、王子の名前はまだ明かされず、美しい金髪の青年だとしか書かれていなかった。
かつてラファエルは、自分には優秀な兄が居ると言っていたから、ヒロインを助けて悪役ルチルを断罪する王子が兄弟のどちらなのか分からない。
「けど、どっちだとしても現実として王子の身に何かあれば、一緒に居たわたしにお咎めなしなんてことは絶対にないわよね」
そう、物語の行き着く先の断罪ではなく、今現在の自分がまずいことになる。となれば、わたしがこの場を乗り切らなければならない。
「キノちゃん! わたしに犬を迎え撃つスーパーパワーをちょうだい!」
令嬢として、犬との格闘なんてどうかとは思うけれど。現状の危機を回避するためには、仕方がない。
『無理にょ』
「って、えぇーーー⁉」
あっさりと断られてしまった。「だって、この前は」と更に言い募れば『キラキラが足りないにょ』と重ねて断られる。キラキラですぐに思い当たるのは、けしからんセラシアの後光だ……。くうっ、ならば仕方がない。
そうこうしている間にも、犬たちは隠れていた茂みのすぐ傍にまで迫って来た。
「それなら、わたしで何とかするわ!」
足元の小枝を拾って、迎撃の姿勢を取る――ことにしてみた――が。
「よっ」
右耳をラファエルの声と吐息がくすぐり、腰に回された腕に意外な力強さで身体を持ち上げられる。そのまま勢いを付けて、全身をわずかに後ろに引かれた。
がうっ
目の前で、先頭を駆けて来た犬の口がパクリと閉じる。わたしはと言えば、小枝を正眼に構えたまま「ひゃぁ」と声を裏返らせることしかできない。
クスクスと笑うラファエルの声が間近に聞こえて、悔しくて仕方のないわたしは小枝を滅茶苦茶に振り回して犬への威嚇を試みた。
「ルチルは面白いね。怖いなら大人しくしていればいいのに」
「おもしれー枠はお断りだって言ってるじゃないですか! それに、わたしを助けられるのは、わたし自身なんですから!」
それが悪役の宿命なのだから仕方がない。周囲に助けられ、恵まれた力を次々に手にして運命を切り開くヒロインとは違う、我儘ルチルが生き残る手段なんだもの!
犬から目を離さず力説してみせれば、ラファエルからは微かに息を小さく飲む音が聞こえて来た。
「そっか。自分を助けられるのは……僕、自身」
ゆっくりと小さな声ではあった。けれど、自分に言い聞かせるような強い響きが乗った声だ。王子様なら、たくさんの人に傅かれ、奉られていると思っていたんだけど、違うのかもしれない。
「まずは自分を大切にしなきゃなのよ。そのためにはわたしの持ってる『我儘』なのも『可愛い』のも、全部を賭けて足掻くんだから」
なんとなく気付いた彼の苦悩に、素知らぬふりをして言葉を連ねる。中身ちょっとだけお姉さんから、見た目だけは綺麗な天使さんへの助言だ。ヒーロー枠のイケメンさんは、本当なら嫌いなんかじゃない。だから、困っている様なら手を差し伸べたい気持ちが無いわけじゃあないもの。
「ふふっ、ルチルは自分が良くわかってるね。けどもう一つ付け加えておかなきゃ。面白い、ってこともね」
「んなぁっ⁉ だから、面白くなんかないからっ!」
やっぱり前言撤回! この腹黒傍若無人天使は、放っておいても図太く生き抜くわ。それこそ、メインヒーロー枠のバフがかかっていそうだしっ!
キッと強い視線をラファエルに向ける。
「んん?」
思わず声が漏れた。だって、普段は空色のラファエルの瞳が、黄金色に輝いて見えたから。しかも煌めく中に一瞬浮かんだ一際鮮やかな色彩が、太陽の様にも見えて……。
太陽を模した文様は、王家の紋章にも取り入れられているものだ。
そして教育の初歩で学ぶ建国史でも、まず最初にその紋章の由来が語られる。曰く、未来を切り拓く勇者オズの瞳に浮かぶ文様が、ヒュアツィンテ王家を示す紋章の元になっているのだと――。
「僕もルチルに負けていられないね。思い切って頑張ってみようかな」
言って、にこりと微笑んだラファエルの面立ちは、いつもどおり愛らしい。けど、メインヒーローに違いない特徴を持った瞳に、破滅を感じて背筋にゾゾゾと怖気が走る。
「やばい、負けられない……」
呟いて、必勝を誓った相手は狩猟犬だけではない。自分を断罪する相手となるであろう確率が、格段に上がったラファエルに対してもだ。とは言え、ただの令嬢に過ぎないわたしの小枝は、一匹の犬を追い払うことも出来ない。
それどころかしっかりと腰を抱いたラファエルに、犬からの襲撃を避けられるよう、ダンスさながら身体の位置をスイスイと移動させられている。
「見えた。リーダーは、ブルーの毛色の奴だ。仲間の後ろで様子見しつつ、僕らが弱ったところに襲いかかる気だな」
とんでもないことに、瞳に太陽の文様を浮かべたラファエルは、犬達の力関係を把握し始めている。
「薄いブラウンとグレーは怯えて吠えているだけ。濃いブラウンは、適当に噛みつくふりだけしてサボろうとしてる。ブラックは噛みつく気満々で、僕よりもルチルを狙おうとしてる! うん、コイツは許せないな」
淡々と分析するラファエルは、犬達の攻撃も見極めているらしく、ルチルを守りつつ最小限の動きで避けてみせる。
「ちょっとだけ犬達に乱暴をするから、ルチルは目を瞑っていて?」
犬を避けながらも、手際良く大振りの枝を手にしていたラファエルが、穏やかな笑みを向ける。わたしに安心感を与えようとしてだろうけど、物理的に護りながらも、気遣いまで併用するなんて、どんなハイスペックよ!
普通のご令嬢だったら、確実に惚れるイケメン振りだし! メインキャラでヒーロー確率の格段に上がった謎の尊き天使なんて——




