第18話 嫌がらせその③ 猟犬ぐーるぐる 1
前回のお茶会成功から半月。
今日開催予定のお茶会は、お母様も何故か準備に前向きで、油断ならないなって思っていたのよ。そしてコトが起こったのは、お茶会開始まで僅か数時間前。準備も仕上げの段階に入った時だった。
「あら困ったわ。お茶会のためのお花を、庭師に用意させていたのに。こちらに届け忘れたのかしら?」
お母様が大きすぎる独り言を口にしながら、「はあー」と溜息を吐いたのが、お義姉さまの目の前。
何かあると、思わない方がおかしい。
けど、そうは思わない清らかヒロイン・セラシアだ。今回もまんまと嫌がらせに乗せられて、お母様のお願い通りに庭園の外れの小屋まで花を受け取りに行ってしまった。
偵察に出していたキノちゃんから、その遣り取りを聞いたのは、わたしともう一人――コッソリ訪問がすっかり定着してしまったラファエルで。受けたわたしたちの反応は、見事なまでに真逆だった。
「あはははは! いつもしっかり、ルチルの活躍の場を作ってくれるね。前回は居合わせられなくて残念だったけと、今回は間に合ったみたいで、良かったよ」
「何かある前提で言わないでくださいよぉ。まぁ、何も無いことは無いでしょうけど」
面白いルチルをご所望の腹黒天使ラファエルは、前回プロペラ機キノちゃんを創り出した現場に遭遇できなかったのが悔しかったらしい。あの日から、更に我が家を訪れる頻度が増している。しかも、正面からでなく、ひっそりとわたしの私室に入り込んで来るから心臓に悪い。
更には彼が訪れるタイミングで、わたし専属侍女が急な仕事で側を離れるのも常となっている。——この油断ならない腹黒天使は、我が家の使用人らの中に、手先の者を仕込んだのかも知れない。
「いやぁ、ルチルが公爵令嬢でホントに良かったよ。お陰で僕も、こうやって訪問しやすいし」
「確かに公爵家は、家格的にも王族が関わりやすい高位貴族でしょうね。けど身分は隠してるままだから、家格の釣り合い的なことは、意味がないんじゃないです?」
「あ、そうじゃなく物理的なアプローチのことだよ。王族が降嫁することもあった公爵邸は、王族にも都合の良い造りだってことだよね」
「造り……?」
わざと強調された言い方ではあったけと、すぐに思い当たるものがなく鸚鵡返しに呟く。そんなわたしを、どこか得意げな表情で見るラファエルに、嫌な想像が過った。
「ソレって! もしかしなくても、王族だけが知る通路とかで、ひっそりやってこれるってことですか!?」
愕然と叫んだわたしに、腹黒天使は何も語らず、ただニッコリと口角を吊り上げる。
「通りで……やたら簡単に、しょっちゅう姿を現すと思ったら」
いざという時の、王族のための抜け道や秘密の通路。それの辿り着く先に、公爵邸が選ばれているのは不思議なことじゃない。
ただ、それはいざという時に使用するものであって、こうして週二ペースで活用するものでは無いはずだ。
「それでも、飛ぶキノコちゃんを見られなかったんだから、残念だよね」
ラファエルがチラリと視線を向けたわたしの頭の上には、通常形態のキノちゃんが居る。ドレスを取った後すぐに、元に戻ってしまったのだ。
「キノちゃんですよ。あれは我ながら斬新な改心の出来でしたね!」
いつもこちらの想像を凌駕する天使を、今回だけはだし抜けたと、調子に乗りすぎてしまったらしい。ふふん、と鼻を鳴らせば「へぇ」と意地の悪い猫の目の笑みが返ってくる。
しまった、と思った時には既に手遅れなわけで。
「なら益々ルチルからは目が離せないね」
『グランフィルド家の乙女は二人ともウッカリにゃー』
キノちゃんの声が、硬直したわたしの耳に、虚しく響いた。
◇◇◇
わんわんわんわん
ゔるぅぅぅっ、わんっ、わんわんっ
狩猟犬のドスの効いた鳴き声が響く。
我が家の庭は広い。けれども、凶暴な狩猟犬を野放しにして守らせたりはしていないはずだ。
特に最近は、溺愛する娘が自然の果実を探して、庭に入り込んだりする頻度が増しているからね。我が家の庭、と云うか、林にも野苺の群生地があったのよ。それをキノちゃんと協力して拡張したってワケ。
毎日大盛り野苺ジャムを平らげるキノちゃんだもの。『礼返し』の名目で、しっかり協力してくれたわ。
そんなふうに、溺愛されるルチルが毎日入る林を、狩猟犬が自由に闊歩することなんて有り得ない。
ただ、意図して、今のタイミングだけ、この場に放すのはあり得るのだ。お義姉さまへの、お母様による嫌がらせでなら。
狩猟犬は五頭で徒党を組み、機嫌悪く唸り、吠えつつ、粗末な庭師小屋に睨みを利かせながら、その周囲を延々と旋回している。
「あの庭師小屋の中に、セラシアお義姉さまがいらっしゃるんですよね」
「だろうね」
ラファエルの誘導で、小屋の風下にあたる茂みの影から様子を窺う。
『確認するにゃ』
キノちゃんが光る粉を一粒、笠を振るってふわりと飛ばす。すると、ふよふよと宙に浮かんだ光は、まっすぐに小屋へと吸い込まれて行く。犬の眼に光の粒は映っていないらしく、ぐるぐる小屋周りを旋回する足取りに変化はない。
『居るにょ』
確定か。ならばお母様の魂胆は、お義姉さまを足止めしている間に、わたしとエリオッツとの二人でお茶会を開かせるということだ。
「今ごろは、お母様がわたしを着飾らせようとして、部屋に使用人を向かわせてるあたりかしら」
『きつきつドレスにゃ?』
「わたしには丁度良いサイズなんですー!」
頭の上からの無慈悲な突っ込みに、思わず声を荒げる。そう、アレはドレスのせいじゃない。個々のステータスに見合うかどうかの問題であって、ドレスは勿論、着るわたしやセラシアにだって悪いところは無いのよ!
自分を宥めつつ、ぐぬぬと歯噛みしていると、側のラファエルから苦笑の気配が伝わって来る。
「ほんと、ルチルは期待を裏切らずに、何かを起こしてくれるよね」
「だからっ、おもしれーオンナ枠はいりませんからっ」
「うん、そんなとこ」
ニコニコしながら言い放ち、ラファエルは徐ろに視線を小屋へ向けてみせる。意味深な態度の意味にハッと気付いた時には、狩猟犬らの視線がこちらに集中していた。
「ルチルは、犬たちを御せたりするのかな?」
「出来ないですよっ、蝶よ花よとぬくぬく甘やかされて我儘いっぱいに育った、ただの公爵令嬢なんですよ!? そんな特殊技能持ってるワケ無いじゃないですか!」
「精霊のキノちゃんは御せてるから、もしかしてと思ったんだけど」
「キノちゃんは、御してるんじゃありません! 尊重し合った結果です」
ただ突如現れて、わたしの作る野苺ジャムが気に入り過ぎて離れなくなってしまっただけ。その過程で偶然、ジャムの礼を返したいキノちゃんが、自発的にわたしの望みを叶えているだけなのだから。
『ぱ……ぱわぱわ乙女! ちょっとカッコイイにょ』
食いしん坊を扶養する、子守みたいな関係だと追加する前に、キノちゃんが感動に打ち震え出したらしい。頭上からキラキラと、光の粒が降ってくる。
いや、これ毒キノコを増やす胞子じゃないよね?
慄くわたしに、ラファエルが「じゃあ」と言葉を連ねる。
「向かって来る犬は、僕が何とかするしかないね」
落ち着いた声にラファエルの視線の先を見遣れば、激しく吠えたてた犬たちがこちらに向かってくるのが見えた。




