第17話 嫌がらせその② 屋敷の尖塔の天辺にはためく一張羅 3
「なぁぁぁああ!? 何をしてるのよ、お母様っ!」
「まぁ、ルチルったら。貴族女性のお母様が、あんな高い場所にドレスを引き上げられるわけ無いでしょう。どなたかが干してくださったドレスが、悪戯な風にとばされてしまったんだと思うわ」
「そうだけど、そうじゃないの!」
おっとりとお母様を擁護するセラシアは、心根の優しいヒロインらしく、他人の悪意に鈍感だ。そうじゃないと、擦れずに幸せを掴み取るドアマットヒロインなんて務まらないのかもしれないけど、危機回避を担うわたしは堪ったものじゃない。
お茶会当日でなかっただけましではあるけれど、アレを取ることは出来ないわ。
「お義姉様の一張羅が……、お茶会用の唯一のドレスが……ぁ」
「仕方ないわよね。今回ばかりはお茶会をお断りして――」
「いいえ! わたしのドレスを着てくださいませっ!! わたしは、お義姉さまと一緒にお茶会を開けるのがとっても嬉しいんです! なにをおいても、お姉様の幸せに勝る物なんてないんです! お茶会を恙なく迎えられること、それがわたしの一番の望みで、幸せなんですぅぅぅう!!」
必死で訴えるわたしに、穏やかが常のセラシアもさすがに驚きの表情を浮かべたけれど、「ルチルさんは、甘えんぼさんな義妹ね」と優しく笑んで、そっとわたしの髪を撫でる。
そうだけど、そうじゃない。彼女の不幸が、わたしの破滅とリンクするから、必死なだけのワガママなのよ。お母様から贈られたドレスを大切にしたい、お義姉さまの意志に反する様で申し訳ないけど、今回だけはワガママ義妹の甘えんぼ攻撃で、わたしのドレスを着る無理を通させてもらうわ!
強い意思を漲らせた、わがまま義妹スキルを最大限に発揮した甲斐あって、お義姉さまはわたしのドレスを着てくれたのだった。
けれど、問題は、完全に解決してはいなかったのよ。
「これはっ……くっ、惜しいわ! 婀娜っぽいのを差し引いても、後光が差してるなんて! けどっ、これはっ、公爵令嬢が見せていいモノじゃないわっ……!」
セラシアの部屋に戻り、早速わたしのドレスを試着してくれたお義姉さまを前に、わたしは葛藤に満ちた呟きを洩らしていた。しかも後光は比喩なんかじゃない。ヒロインだからこそなのか、本当に光っている。
「ごめんなさいルチルさん。とっても素敵なドレスなのに、わたくしが至らないばかりに着こなすことが出来なくて……」
「いいえっ! お義姉さまは、なにも悪くないんですっ!! えっと、わたしと違って、ううっ、信じたくない事実ではあるけれどっ……! そのっ……とてもケシカランだけでっ」
そう。わたしは忘れていたのだ。
わたしは物語を盛り上げる悪役で、ヒーローや読者らの理想を体現するヒロインじゃないってことを。つまり、今、わたしの前に立ちふさがったのは、悪役とヒロインのビジュアル格差で――つまり……
『キラキラ乙女の胸がきつきつだにょー』
無邪気なキノちゃんの一言にスレンダーな胸を抉られながら、お義姉さまの姿を改めて見る。
公爵令嬢に相応しい、最高級な生地と仕立て、上品なデザインで作られたドレスは確かにきちんと着用出来さえすれば、本来の持ち主であるわたしよりもずっとその真価を発揮すると断言できる。
だって、セラシアの方が、精霊の加護を受けてるって設定に納得しかない幻想的な美人さんなんだもの。煌めく緑銀の髪に白磁の肌、理知的に輝く深藍の瞳で、とにかくめっちゃ美麗なのだ。それだけじゃない。わたしが公爵家にやって来るまで、お義姉さまを指導していた教師らが口を揃えて言うほど、礼儀作法も外国語も、歴史も地理も貴族史も……お勉強全部が優秀ときたもので。
ただ、意外にもセラシアは、精霊も顔負けの美貌でありながら、中性的な風貌では無かったのよ。むしろ、清楚なお顔に負けない、フェロモン系のメリハリボディの持ち主だったのよぉぉぉぉおお!!
「何この溢れ出る美しさ!? 一目見たら惹きつけられずにはいられない魅了フェロモンって云うの!? 圧倒的敗北感すぎて悔しさも湧かないわ!」
お母様の意地悪がもとで、溺愛するわたしに大ダメージが与えられる、変化球的な因果応報だ。この世界の神は、やっぱり悪役を断じようとしてるって確信できてしまう。
『パワパワ乙女のドレスは、キラキラいーっぱいになるけど、キツキツにゃ。いつものドレスの方が似合うにゃ』
「そのいつものドレスは、尖塔の上なのよぉぉ! あのドレスさえ、回収できればいいのにぃ」
『わっちには、あそこまで取りに行く力はないにゃ。似合わないけど、ぴかぴかの増したキラキラ乙女の周りは心地いいにゃー』
浮かれた調子で、セラシアの周囲をぴょこぴょこ飛び回るキノちゃんは、いつも以上に楽し気だ。いや、何だか全身をキラキラ輝かせて元気さが増している気がする。
この光景には既視感があるわ。しかも、良くない記憶の方の——最初にラファエルに吸い付いた時の、あの現象と一緒に見えるんだけど!?
あの時、鮮やかな煌めきを帯びたキノちゃんは、ラファエルにペッタリと張り付いてた。あの時ばかりは、素の反応も正体も、頑として見せようとしない腹黒天使でさえ、倒れこみそうになるほど生命力を奪われていたわけで。同じことを、か弱い貴族令嬢に過ぎないセラシアにされたら、明日のお茶会に参加できなくなるかもしれない。
それは、まずいわ!
慌てて陽気に踊る毒キノコを回収しようと手を伸ばす。けど、元気の増したキノちゃんは、スイスイとわたしの手の間を掻い潜り、足取り軽く跳ね回る。
浮かれるキノちゃんは、目を爛々と輝かせるだけでなく、既に全身に光を纏い始めている。何かがブーストしている、見たことのない超活力状態だ。
『キラキラ乙女と、パワパワ乙女から力を受け取ったにゃ! ふたりへの礼返しが出来そうにゃ!!』
キノちゃんが一際大きな声で宣言し、握り締めた両拳を、頭上へ振り上げる。
その瞬間——
キノちゃんが強烈な光に包まれる。光の繭とも言える、真っ白な輝きを放つ光の塊だ。
「ルチルさん! 不思議な光が」
「そんなことより、お義姉さまっ! 身体に異常は無いんですかっ!?」
光茸を通り越して、工事用ライトと化したキノちゃんよりも、わたしが気になるのはそこだ。しかも、進行形でセラシアの後光がキノちゃんの方へ流れてゆくのが見える。間違いなく、何かを吸収している——はずなのだが。
「眩しいだけで大丈夫よ。それよりも、この光は何でしょう!?」
意外にも平然としているセラシアが、かざした手で顔を隠して光から目を逸らしつつ、驚愕の表情をみせる。そうこうしている間にも、キノちゃんの光は一層強さを増す。
『パワパワ乙女、礼返しにゃ。望むにょ!
汝が求めるわっちの姿を!
あのドレスが望みなら、それを取りに行ける姿を!
それでわっちは、パワパワ乙女とキラキラ乙女の望みを叶える力が手に入るにょ!!』
真っ白に輝きながら「望みを叶える」と宣言するキノちゃんは、いつもの食いしん坊毒キノコとほ違う神がかった荘厳さを纏っている。
この場面だけを目にした人がいたら、途轍もない力を持った神の降臨だと捉えるだろう。
けれど、言ってることはどこまでも他人任せで、神らしい完全無欠な印象とは程遠い。
「なによぉ、わたしの想像次第で結果が変わるってこと!?」
両頬をむにりと摘んで絶叫すれば、光の塊は満足気に頷く。
「ルチルさん? 一体何を仰ってるの!?」
「無茶振りされてるんですっ! けど、お義姉さまのためなら、頑張りますから!!」
ヒロインに平穏な幸せを与えて、破滅回避する。そのためなら、どこまでも伸びる毒キノコでも、空飛ぶ毒キノコでも何でも、幾らでも想像するんだから!
わたしだって、おかあさんの血を引くWebモノカキの端くれだったもの。考え出すのは得意分野よーーーー!
光るキノちゃんに急かされ、必死で想像した結果、キノちゃんの笠は大きく広がり、幾重もの花弁を象った束に分かれて、大輪の芙蓉を思わせる豪奢な風貌に変化した。
『なんにゃ? お花みたいでキレイにゃけど、これでドレスが取れるとは思えないにゃ?』
変化の完了とともに、すっかり発光の治まったキノちゃんが、首をフリフリしてみせる。
「ふふふ、その花弁は動き出してこそ真価を発揮するのよ」
わたしの言葉の真意にまだ気付いていないキノちゃんは、可愛らしくコテンと小首を傾げる。キノちゃんの姿が見えないセラシアは、突然の光の消失に、ひたすら目を瞬かせている。
「欲しがり義妹ルチルらしく、毎日の野苺ジャム爆食いの御利益を、しっかり頂かせてもらうわ!」
言い切った瞬間、キノちゃんの花弁と見えた物は、地面に水平な二重構造の複数プロペラになり、グルングルンと回り出す。
『な、な、な、な、なんにゃ!?』
動揺の声を残したキノちゃんは、わたしの想像通りに、見事な垂直浮上を成し遂げ、無事セラシアのドレスを取り返すことに成功したのだった。




