第16話 嫌がらせその② 屋敷の尖塔の天辺にはためく一張羅 2
エリオッツとのお茶会は、明日だ。
確かに、これまでのお母様の嫌がらせパターンを振り返れば、行動に出るのはお茶会前日から当日朝にかけてだった。
セラシアを助けるべく、語学の講義を勝手に切り上げたわたしは、真っ直ぐセラシアの部屋に向かう。
「親子の情ってやつに、ちょっとだけ感動してたんだけどなぁ。ったく、仕方のないお母様ね」
お母様の嫌がらせ内容は、意外にバリエーションに乏しく、地階の懲罰室か、倉庫、幽閉塔への閉じ込めが主流。前回初めて、大量の仕事の短期特急仕上げが加わったけど、それはラファエルの手も借りて完納し、お母様の鼻を明かせたと思ったんだけど——
「今回は、なんの仕事なの!?」
『仕事じゃないにゃ』
キノちゃんの即答に、ちょっとだけホッとした。大変だったことには間違いないから。
「なら閉じ込め? ウソでしょ、我が家の扉が軒並み壊れちゃうわ」
セラシアが閉じ込められた部屋の扉は、わたしがキノちゃんを使って使用不可能にしちゃうからねっ。今や、地階は食物倉庫以外すべての部屋の扉が外れている。流石公爵邸。まだ閉じ込めに使える部屋が残っているのには、驚きだ。
『閉じ込めでもないにゃ』
「はぁ!? え? いいえっ、そんなワケ無いでしょ!? ここへ来て、全く新しいパターン登場!?」
声を裏返らせながら、辿り着いた屋根裏部屋の扉を開ければ、セラシアの途方に暮れた面持ちが出迎える。
「お義姉さまっ! 良かった、ご無事でしたのね!」
「まぁ、ルチルさん。いつもながら、わたくしが困っていると現れてくださるなんて、物語の騎士様みたいね」
眉をへにょりと下げながら、おっとりと微笑むセラシアからは、切羽詰まった危機感は感じられない。
けど。
「お義姉さま? 何故、ベッドの上に小さなブティックを開いていらっしゃるのかしら」
「ふふ、色々並べてみたの。お茶会には、どれが良いかしらって」
小首を傾げるセラシアの隣には、部屋の大半を埋め尽くす簡素なベッドが在る。その上に、服が二着とエプロンが一着並んでいるのだが、どれもが貴族令嬢の持ち物とは思えないものばかりだ。着古した使用人のお仕着せと、女児サイズのワンピースに布を継ぎ接ぎし過ぎて、元のデザインが分からなくなったもの。使用人とお揃いの胸から身体を覆うエプロン。残念なことにエプロンの生地の状態が、最もまともに見える。
「いえ、どれもダメですよね!? お茶会に着て行ける服じゃないですよ!」
「そうよねぇ」
セラシアも、分かってはいるのだろう。「仕方ないわね」と呟きながら、衣服を仕舞う蓋付き木箱に丁寧に畳んだそれらを入れる。覗き込んだ箱の中にはその三着きりだ。
「いや、それよりも、これまでお茶会に着ていた服はどうなったんですか! 何着も……は無かったですが、本格的にお茶会にお義姉さまが出られるようになって、お母様がしーぶーしーぶー仕立てた、一着は確実にありましたよね!?」
二着目以降をプレゼントしようとしたルチルだったが、セラシアに「お義母様から頂いた初めてのドレスに、代わるものはないわ」と、固辞され、すごすごと引き下がったのはつい二か月前だ。
「それがね、どこかのいたずら好きさんが、大切なドレスを持ち出してしまったみたいなのよ」
「は!? いたずら好きって言ったって、このお屋敷に居る子供はわたしとお義姉さまだけですよ!? 無くなったとしたら、無邪気なイタズラなわけないでしょう!」
『だから言ってるにょ、ぱわぱわ乙女の女親だって。使用人に命じて、また、キラキラ乙女を困らせる謀をしたんにゃ!』
どやぁ、と柄を反らせるキノちゃんは、無事『礼』返しとなる情報をわたしに渡せて満足気だ。どうせなら、ドレスを取り返すとか、新しいドレスをお義姉さまにプレゼントしてくれると有り難いけど。
『キラキラ乙女の情報、嬉しいにょ? 礼返しに、なるにょ?』
ね、ね? とつぶらな瞳を輝かせるキノちゃんは、精霊だ。精霊は、どこまでも素朴で真っ直ぐで純粋な存在なのだ。だからこそ物事の先を読んだり、自身の望む結果に誘導する権謀術数を張り巡らせることはしない。
――結果、純粋すぎる故に、礼返しを怠ると物語にも出てきた『闇獣』に変質してしまうのがこの世界の当然となっているのだけれど。
「お義姉さまのドレスの在り処は分かる?」
『探すにょ!』
言うや、わたしの頭の上で華麗なスピンを決めたキノちゃんから、輝く光の粒子が飛び散る。その粒一つ一つが更に小さな毒キノコに変化して、部屋から飛び出し、四方へ散って行く。
『見付けたにゃ!』
すぐにキノちゃんが弾んだ声を上げた。
「見付けた?」
『こっちにゃ!』
「え? え? ルチルさん? こちらはわたくしも探しましたが、花瓶の中にも、天井の梁の影にもドレスは有りませんでしたわよ?」
どうやらお義姉さまは、あちらこちらを既に捜索した後だったみたい。
けど、困惑も顕なお義姉さまには悪いけれど、こと探し物に関しては、過去の嫌がらせで広大な屋敷各所に閉じ込められた彼女を見付け出した、キノちゃんへの絶大な信頼があるわけよ。
わたしは、全身をしならせて、大きく弾みながら前進するキノちゃんの背中を追いはじめた。一瞬とまどいを見せたお姉様も、わたしの後を追ってくる。
屋敷の奥、普段使わない賓客用の離れに繋がる渡り廊下を駆け抜け、階段をひたすら上がる。
『ここにゃ!』
息も絶え絶えで辿り着いた最上階にあたる五階の窓の縁で、ようやくキノちゃんは静止した。
「ここ……?」
ドレスなんて無い。困惑でいっぱいなわたしの視界に映るのは、腰より高い位置に設けられた大窓と、その前で得意げに柄を反らせたキノちゃんだけだ。
何なら、背景に見える暗雲立ち込める曇天と、先端に付けた小さな旗が、強風に煽られる尖塔の背景の不穏さに、一層不安感が増す。
『どうにゃ!』
けど、得意げなキノちゃんの態度は変わらない。無いのに、ここまでの自信を見せられるとは、どういうことだと瞠目し、両頬をムニムニ強く引っ張って考え込んだわたしだ。
けれど。
「あっ……た! あったわ、ルチルさん!」
歓喜に震える声に、瞼を開けるけれど、やっぱりドレスは見当たらない。
「ルチルさんは、あれを見付けてくださったのね!」
わたしにピンと伸ばした人差し指を向けたまま弾ける笑顔を向けるお義姉さまの視線は、わたしを通り越して、背後の遠くに焦点を合わせている。
嫌な予感に、慌てて振り返れば、尖塔の先でたなびく旗——と見えたソレは、お義姉さまの一張羅だった。




