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明日の自分が残したメッセージ  作者: なは


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10/15

二人目の生存者

 木島の逮捕により、理学部を揺るがした殺人未遂事件は幕を閉じた。

 教授は自分の行いを公には認めなかったが、大学側が事態を重く見て調査委員会を立ち上げた結果、過去の複数の論文における不正疑惑が浮上。結局、彼は自主的に大学を辞職し、田舎へ隠居することになったという。

 彼なりの、あるいは大学なりの、消極的な幕引きだった。

 被害者である僕たちにとっては、何とも煮え切らない結末だ。だが、少なくとも誰も死なずに済んだ。

 木島の憎悪も、教授の野心も、すべては夏の風の中に消えていった。


 夏休みも終わりに近づいたある日。

 僕と絵里依は、大学の並木道を歩いていた。

 蝉の声が少し静かになり、風に秋の気配が混じり始めている。

 アスファルトに落ちる木漏れ日を踏みしめながら、僕たちは事件を振り返っていた。

「まさか絵里依が助けに来てくれるなんてな。あの消火器攻撃、見事だったよ」

「ふふん、伊達にアクション映画好きじゃないわよ。でも、本当に怖かったんだから。湊の様子がおかしかったから、ずっと心配してたんだよ? 鏡くんのことがあってから、貴方ずっと張り詰めた顔してたし」

 絵里依は少し拗ねたように言った。

 彼女を巻き込んでしまったことは反省しなければならない。けれど、彼女の勇気のおかげで、僕は命拾いした。

 彼女こそが、僕にとって最強のパートナーなのかもしれない。……いや、そういう感情的な話は抜きにして。

 戦友としての絆は、確実に深まっている。


「それにしても、あのメモ……本当に便利なのか不便なのか分からないな」

「ああ。命を救えるのはいいけど、毎回命がけだ。心臓がいくつあっても足りない」

 僕はポケットからメモを取り出した。

 何度も折りたたまれ、くしゃくしゃになった紙切れ。

 教授の死を予言していた文字は、綺麗に消えている。

 これで二人目。

 鏡が狙った絵里依。木島が狙った教授。

 僕たちは少しずつ、未来を変えることに慣れ始めていた。「運命は変えられる」という事実は、僕たちに自信を与えていた。

 だが、それは慢心だったのかもしれない。運命という巨大な激流に、小石を投げ込んでいるだけに過ぎないことを、僕はまだ理解していなかった。

 激流は、せき止められればせき止められるほど、勢いを増して次の場所へ向かうのだから。


 その夜。

 自室に戻った僕は、机の上に新しいメモが置かれているのを見つけた。

 いつものように、歪んだ筆跡。だが、その文字は今まで以上に乱れ、紙に穴が空くほど深く刻まれていた。

 蛍光灯の下で、それは不吉なオーラを放っていた。


『お疲れ様。二人目もクリアだね』


 まるでゲームの進行役ゲームマスターのような口調。

 ゾクリとした。

 やはり、これは単なる未来からの警告じゃない。何らかの意思が働いている。

 僕を試し、弄び、観察している何者かの視線を感じる。

 読み進めると、背筋が凍りついた。


『でも、気づいているかな?』

『君が未来を変えるたびに、世界の歪みは大きくなっている』

『次の標的は、君自身だ』

『死因は不明。回避不能』


「……は?」

 死因不明? 回避不能?

 どういうことだ。殺されるんじゃなくて、死ぬ?

 冗談じゃない。今まで少なくとも「方法」は示されていた。だからこそ対策が打てた。

 だが、今回はノーヒントだ。

 さらに、最後に奇妙な一文が添えられていた。


『追伸。私を探して。君の記憶の中に、私はいる』


 私。

 今まで「僕」や「俺」といった一人称を使わず、客観的な事実だけを伝えてきたメッセージ。

 それが初めて、「私」という言葉を使った。

 これは、未来の僕じゃない?

 だとしたら、誰だ?

 僕の記憶の中にいる、「私」とは?


 戦いは、まだ終わっていなかったのだ。

 僕は窓の外を見上げた。

 月が、不気味なほど青白く輝いている。


 記憶の中。

 僕は必死に過去を辿る。

 歪んだ筆跡。どこか懐かしさを感じる筆跡。

 未来を知る存在。

 そして、僕と絵里依を救おうとしつつ、残酷な試練を与える存在。


「……まさか」


 一つの仮説が脳裏をよぎる。

 それは、あり得ないはずの、けれど最も納得のいく答え。

 僕は押入れの奥から、埃を被った古いアルバムを引っ張り出した。

 ページをめくる手が震える。

 小学校時代の写真。

 運動会、遠足、林間学校。無邪気な笑顔の僕と絵里依。

 そして、そこに写っている、もう一人の少女。

 絵里依の隣で、いつも僕たちの後ろを楽しそうについてくる、儚げな笑顔の少女。


 10年前に死んだはずの、彼女。


 物語は、最終章へと加速する。

 すべての謎が解ける時、僕たちは本当の「明日」を知ることになる。

 そこにあるのは希望か、それとも絶望か。



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