終話 俺の知らない俺
鍛冶屋に猩猩様の武器のお手入れをお願いした帰りのこと。袁紹戦で用いたゆえに、大斧は刃こぼれしておった。また、彼女は双剣については、利き手である右手用のはもう少し長く、左手用のはもう少し短くして欲しいと再作成を依頼しておった。実戦で使ってみて、その方が良さそうだとのこと。
ちなみに、俺が付き添ったのは、鍛冶屋と盧植双方の依頼によるもの。二人して、何かを恐れているようだが、まあ、それはいいや、清流にも会いたかったし。彼は正式に鍛冶屋に弟子入りしたのだった。他の子供たちは皇将軍のところで預かってもらっておるままなのだが、互いに行き来しておるとのこと。
猩猩様は大人でもあり、また、無口ということもあって、同じ色物組の仲間とはいえ、そんなに話したことはなかった。行き帰りは二人きりとなり、多少は話をすることになった。
「こう言っては何だけど、猩猩様が恋愛するとは想わなかったな」
「見た目、男だからと言いたいのか?」
いや、あんたは見た目、爆乳メスゴリラだから、などと突っ込んでは死を招くだろう。それは避け、ただ、まじめに返す。
「いや、むしろ、精神がさ。心のあり方なり考え方なりが男っぽい、というか漢っぽい」
漢をどう説明しようかと迷い、その先を告げられずにいると、
「まあ、男の中にも我のような女子を好む者がおるということよ。ただ、我らの中で男にモテたのは手毬とそなただ」
「俺が?」
顔を見せてみろという如く、アゴを指先でつかまれ、猩猩様の方に向けられる。その青い瞳が俺を見おろす。鼻は高く、アゴはがっしりして、凜々(りり)しい顔立ち。俺が三才児転生でなかったら、男に惚れる女心を有しておったら、恋に落ちたかもしれぬ。恥ずかしくなり、想わず顔をそむける。
「人形のような美しさは以前とまったく変わらぬが、我は今のそなたの方が好きだな。かつてのそなたからは、そんな初心な振る舞いは想像だにできぬこと。あいつなら、稚気丸出して、接吻しようと、その赤き唇を濡らして、顔を近づけて来たろうから」
「蝶蝶って呼ばれていたときの」
袁紹戦のときにその名を初めて聞いたのだった。
「ああ、狂乱の蝶蝶と」
「狂乱?」
「そうだ。共に戦いを重要なものとみなすとはいえ、我と蝶蝶は異なった。我は強さを求め、戦いというのはあくまでその実戦の場であったが。彼女は戦いそのものを求め、それに耽溺しておった。それも恐ろしいくらいに」
「そう」
初めて知る俺、というか、俺の知らない俺であった。
「先ほど、そなたがモテたと言うたろう。そのモテ方も少し変わっておった。蝶蝶らしいというか」
ただ後を続けてくれない。なので俺はうながす。
「どんな風に」
「知らない方が良いこともある。今のそなたでは、かつての自分を嫌いになろう」
俺はとにかく聞きたく、ゆえに、こう言う。
「そんなことないよ」
猩猩様は一つ嘆息し、仕方ないとばかりに、重い口を開く。
「蝶蝶の前に群がったのは、自分を殺してくれと願う男たちよ。彼女はその戦いの中でこそ最も美しい。その陶器のような白い肌が血色をたたえ、まさに妖艶となる。まるで逢瀬の如く、戦いの中で果てるを望んだ男たち。それも腕自慢の武芸者ばかり。彼女は喜喜としてその望みをかなえてやっていたよ。手毬に隈取りを施してもらってね。なぜか、蝶蝶はそれを死化粧と呼んでおったが」
「手毬さんとかつての俺は仲が良かったの?」
「どうだろうね。手毬が仲良しといえば、妹の白蓮となる。手毬と蝶蝶は普段は互いにそっぽを向いておっても、合うところは合う、そんな感じかな。まあ、二人とも我が強いし」
猩猩様もねとは想ったが、俺は言うを控えた。彼女はかつてを懐かしむような遠いまなざしをしており、それを邪魔したくなかったのだ。




