第2話 袁紹戦2
俺は文醜との闘いでは、回避に重きを置くことにした。とにかく、文醜の注意を引きつけること。そうして、猩猩様と顔良の一対一を成立させること。それで十分なサポートになる。俺はそう考えたのだが。
ただ俺をつかまえられぬことに業を煮やした文醜が、やおら顔良の方に助太刀しだした。おいおい。聞いてねえって。実はあんた方もタッグマッチをやる積もりだったなんて。
といって、猩猩様と並んで敵の刃を受けることは、俺にはできぬ。それを試み、腕が切断されたりすれば、冗談じゃねえ。取り返しがつかねえことになる。モノは試しとは行かねえんだ。
猩猩様も二人から同時に刃を受けるとなれば厳しそうである。大斧を振り回して、安易に敵が近づけぬようにしているが。一人の攻撃を受け止めさせることにより斧を封じ、そこをもう一人が攻撃して来るという厄介な攻め方を敵はして来ておった。
彼女はそれをあるいは身軽に飛んでよけ、あるいは腰の双剣の一を抜いて防ぐを繰り返しておったのだが。ただ、しばし危うくなる。
それで、俺はといえば。側方または後方から突っ込んで、その第ニ段の攻撃をなさせぬよう試みておった。敵の剣を受けられぬ以上、俺はそれより近くの至近距離――その間合いをつぶせるほどの――にまで接近し、そこで殴るなり蹴るなりを繰り出す。
ただ、敵は体が頑健なのに加え、鎧を着けているというのもあるのだろう、腕や足、そして体への打撃では致命的な、それどころか、戦闘に支障が出るようなダメージさえ与えられぬ。やはり、頭を狙わなければダメか。
「フリチン師匠。何をしておる。我の後ろから攻めよ。いつも通りだ」
猩猩様の大音声。しかも怒りが籠っておった。俺。もしかして、怒られた? いや、でも、後ろからって何だよ。あんた、自分の背中の広さ、知らねえのかよ。しかも、いつも通りって、何?
「早くしろ」
再び猩猩様の怒声。
俺は訳も分からぬまま、彼女の背後に回る。まず、彼女には落ち着いてもらわないと。俺への怒りのために攻防がおろそかになってはいけない。そう、考えてのことだ。
ところで、俺の全天――目で見なくても敵の攻撃を把握できる能力――というのは、こうした状況では発動しないらしい。猩猩様の体で隠れている敵は、ちゃんと見えていない。いや、そこは融通効かせろよと想わなくもないが。今更ではある。
そしてそれ以上の問題、俺の攻撃方法とこの縦並びの布陣って最悪の相性じゃねえか。突っ込もうにも猩猩様が邪魔になってできねえ。まったく、どうやれってんだ。それにいつも通りって何だ。こんなの初めてじゃねえか。
そうして俺が考えつくやり方は一つしかなかった。猩猩様の肩をカタパルト代わりに――なんて、ダジャレを言っている場合じゃないぞ、俺――踏み台にする。確かに猩猩様の体は敵から俺を隠しておる。肩への出現は不意をつくものとなる。そこから更に敵の至近距離への瞬間移動が成功すれば、まさに敵の首を刈れるというもの。
で、問題はタイミングだ。いつが、最適か? いつも通りというところに、ヒントがあるのか? 分からん。とにかく、俺の頭で考えるしかねえ。そこで文醜と顔良がやっていた連携が想い浮かぶ。そうか、攻撃を受けたタイミングだ。その瞬間は敵の武器も塞がれているも同然。問題は敵が二人おることだが、しかし、俺がどちらか一方の頭近くに瞬間移動できれば、敵は仲間を傷つけるのを恐れ、手を出せぬのではないか。
「こっちもそう長くは持たぬぞ」
やべえ。彼女が弱音を吐くなんて初めてのことじゃねえか。確かに、この剛力の二人に攻められておれば、そうなっても当然だ。
次に猩猩様が敵の武器を受け止めたときだ。俺はそう覚悟を決める。彼女が上段で大太刀を受け止めるのが見え、俺は駆け出す。そうして飛び上がる。彼女の肩に乗る。顔良の驚く顔が見える。俺はそれへ側面から蹴りをぶち込む様を想い描く。そうして次の瞬間、俺の蹴り足のすぐ先に顔良の顔があった。俺はそのまま振り抜く。顔良がぐらりとその巨体を倒すのと同時に、俺は落ちてごろごろと地に転がる。
俺に向かって斜め上から突き下ろされる長槍が見えた。目視ではない。全天によるもの。俺は数メートルほど先に滑り込む様を想い描く。そうして、次の瞬間、俺はなしえておった。やった。二回連続の瞬間移動の成功。でも、失敗していたら、死んでいたぞ。俺。そうして立ち上がる間もあらばこそ、文醜から声らしきものが聞こえた。俺の動きに気を取られている隙に猩猩様が斧を一振りしたのだ。首が高く舞い上がる。
「やったな。フリチン師匠」
俺は猩猩様とゲンコツを合わせつつ、互いの健闘をたたえ合う。
「俺、死にかけた気がするけど、大丈夫だった?」
「十中八九、死んでたな」
おいおい。そこは否定してくれなきゃ困るぜ。それから、俺は分からなかったことを尋ねる。
「でも、いつも通りって、何のこと」
猩猩様は何を問うているのだと、しばし不審な顔をしておったが、
「そうか。悪い。そなたはあの者と違うんだったな。蝶蝶のときの記憶は何も残っておらぬのだな」




