終話 戦@フリチン4
皇甫嵩の前に、後ろ手にしばられ正座する孫堅。皇将軍は椅子に座り、俺はその側らに立つ。場所は皇将軍の私用の天幕の一つ。あまり他の者に目撃されたくないゆえ、ここが選ばれ、人払いもされておった。
「ねえ。何してるの? 知ってる人の声が聞こえたんだけど」
倫倫であった。清流が庇護していたこの子たちは、俺預かりとなっていた。しかし、俺はいつも大同にいる訳ではないので、ここのすぐ近くの天幕を借りて、そこに居候をさせてもらっていた。見知らぬ子と想っても、皇将軍のお側におるを許されておるなら、あえてその氏素性を問われることもあるまいと考えてのことであった。
俺は天幕の入口に立つ彼女のそばに行き、しゃがんでからその手を握る。相変わらず痩せて冷たい手であった。
「何でもないよ。お姉ちゃんたちは、大事な話をしているんだから、皆のところに戻りな」
「イヤよ。お姉ちゃんたち、この人を殺す気でしょう」
俺と皇将軍は想わず、互いをみかわす。少女の声が聞こえておるであろう孫堅に動きはない。
「なんで、そう想うんだい? 殺すなんて、ずいぶん物騒だね」
「だって、お兄ちゃんが言っていたよ。戦なんでしょう。戦というのは人が殺し合うものだって。だから、私たちも殺されるかもしれないから、ここに逃げなきゃって。違うの?」
俺はどう説明すれば良いか、分からなくなった。そもそも、俺自身も孫堅を殺す気はなかった。史実通りに進めば、この者は死ぬ運命にある。まあ、100パーセントそうなると決まった訳ではないのだろうが、そうなる可能性は高い。それなら、いっそのこと、一端、逃がして、恩を売っておこうかと。生き延びられたら、将来、味方してくれるかもしれぬ。そう、皇将軍を説得する気であったのだが。史実通り云々(うんぬん)をいう訳には行かぬので、そこはうまく言う必要があったのだが。こうなっては・・・・・・。
「殺しちゃダメ。この人はいい人なの。私にいっぱいお話をしてくれたんだから」
説得は倫倫に任せることにした。この子たちがここに来て以降、皇将軍が可愛がっているのをしばし目にしておった。何より倫倫の言葉が俺の心に訴える力は強く、ならば、皇将軍にとっても、と考えたのだ。
「皇将軍。いかがいたしましょう。わたくしも殺すまでは必要ないかと想いますが」
「我も殺しは好まぬ」と将軍。
「殺さないの?」
俺たちの会話を聞いた倫倫の声は期待にふくらみ、上ずっておる。
「将軍がそう言っているんだ。殺さないよ」
俺はそう請け負う。
「それで、ならば、どうする? フリチンよ」と将軍。
「一端、釈放しましょうか。条件をつけて」
「そなたらの側に鞍替えはできぬぞ。我も武人ゆえ、守るべき筋はある」と孫堅。天幕の内の温度を一段下げる如くの低く沈む如くの声であった。
それもそうか。そんなに簡単に鞍替えしては、武将にとって大切な信頼をいつまで経っても得られぬことになる。呂布の旦那の顔が浮かぶ。史実にては、あの者はさんざん鞍替えし、悲劇的な末路を迎える。この世界線ではそれから外れることを願うが。
それはさておき、目の前の孫堅である。俺はしばし考え、やがて声に出した。
「そうだな。もし、彼女に恩を感じているのなら、のちのちのことで良い。彼女を助けに来てくれ」
盲目である倫倫の将来を考えるなら、それは悪くない条件と想えた。ついでに俺たちも、と言いたいところであったが、それは言うを控えた。鞍替え云々に引っ掛かりそうだったので。
「そんなことでいいのか? それにそんな先のことで。それで釈放してくれるのか?」
「今は、それでいい」と俺。
「我も異論はない」と皇将軍。
「ありがとう。将軍様。お姉ちゃん。良かったね。おじさん」
「ああ。お嬢ちゃんに救われた命だ。きっと約束は守るよ。ただ、ずいぶんと先のこと。折角だ。もう一つ聞いておこう。今すぐできることが望ましいが」
もう一つ? しばし俺は考えるが想い浮かばぬ。結局、こう言った。
「命を大事にな」
(あんた。死ぬ可能性が高いから)とまではやはり言わず。
ただ、相手は何故かその簡単な言葉に不審なところがあったようで、黙り込む。やがて、
「そういうことか。分かった。最前線を去り、故郷にしばらくおることにするよ。そこで義兵を集めるなど理由はいくらでもたつ。それであれば、盟を違えるとまではみなされまい」
どうやら、こちらの言葉を深読みしたようだが。無論のこと、この方がこちらにとって都合が良く、異論のあろうはずがなかった。
後日、たくさんの毛皮を牛車に載せて、商人がやって来た。その者いわく、皇将軍に孫堅からの文を預かっているという。その中につづられておったは、
「我の命を救ってくれた少女への心ばかりの返礼品です。まずは、寒がりの彼女に一着。余った毛皮の分配も彼女に委ねたく想います。皇将軍におかれましても、ご賛同いただけるものと願う次第です」
皇将軍はそれを許した。




