第1話 戦@フリチン1
俺は、大同周辺の地理を調べながら、敵の接近の見張りに適した地を探した。見つかったら、そこに利用可能な建造物があれば、それの補修、なければ新造を皇甫嵩将軍に進言した。
将軍には従子[オイ]の皇甫酈という者がおり、今回の山西遠征にも同行しておった。将軍はその者に見張り用の建物を整備すべく命じた。
そうして整備が整い、敵がいつ来ても良しとなった頃。
笛の音が響き渡る。広葉樹は葉を落とし、針葉樹の葉はくすみ、幹や枝ばかりが際立つ冬の森を。
それに導かれる者が一人。ここらで良く見かける庶民のボロ気を身にまとう。頭には赤いフェルトの頭巾。身長はさして高くないが、それに比して体付きは妙にがっちりしており、顔付きも精悍である。
女の子はすぐ近くに来た男に気付くが、怖がる風もない。
「はい」との言葉とともに、何かを差し出す。ドングリの実であった。しかも、男がいるところと外れた方向に手が出されている。
とはいえ、さすがに受け取らぬ訳には行かぬと男は想ったのだろう。自ら手を伸ばし、それを受け取る。お礼をと想ってか、自らの着物をまさぐっておるが、どうも適当なものがないらしい。ただ、気になることがあるらしく、それを口に出す。
「お嬢ちゃん。こんなところで、一人でいては危ないよ」
「大丈夫だよ。いつものこと。それに、ほら、薪を割っている音が聞こえるでしょう。お兄ちゃんなの」
男はしばし耳をすましたあと、「確かに聞こえる」そう言って、女の子の隣に腰を下ろす。
「木の実のお礼に、おじさんの故郷の話をしよう」
「どこなの?」
「ずっと南だ」
「暖かいんでしょう。うらやましいな」
「善し悪しじゃよ。夏は暑すぎる」
「私はここの寒さが嫌い」
「そうなんだ。寒がりなのか?」
「それもあるけど、寒さで死ぬ人がいるから、嫌いなの」
「親しい人が亡くなったのか?」
「うん」
「そうか」
男はどう言葉を継げば分からぬようであった。笛の音が止んだことを悲しんでか、鳥が飛び去り、その羽音のみがする。やがて、男は話を再開し、それは様々な事柄に及んだ。
雨がたくさん降ること。なので、川や沼がたくさんあること。そのゆえ、その地では、馬の代わりに船を用いること。更には、その地に伝わる妖怪や神様の話まで。
女の子は初めて聞く話がほとんどらしく――しばしば、質問の雨あられで男をタジタジとさせるほどであったが――同時に熱心に耳を傾けておった。
やがて男が何かに気付く。
「あれがお嬢ちゃんの言う兄者か?」
「うん。そう。お兄ちゃんの足音なんだけど。変だな。まだのはずなんだけど。いつもは夕方近くまで戻って来ないのに。あっ。いけない。笛の音が聞こえないから、心配して来たんだ」
「なるほど。しっかり者のお兄さんのようだね。妹に何かあったら、すぐに分かるようにしている訳だ」
そう言いつつ、男は立ち上がる。
「じゃあね。お嬢ちゃん。おじさんは行くよ」
「えっ。お兄ちゃんに紹介したいのに。名前だけでも教えて」
「知らない方がいいよ」
「そうなの?」
「ああ。次に会ったときの楽しみにしよう」
「でも、おじさんの方から声をかけてくれないと。私、目が見えないから」
「分かったよ。お嬢ちゃん」
近付いて来る少年の足音が早くなるのを知り、男は急ぎ立ち去った。




