終話 拠点造り3
俺たちは九原に戻った。ここが献帝の新たな都ということになる。帝を守るは、仕孫瑞率いる虎賁隊。そしてペロ。帝は母を失ったことに気付いているようであり、その感情面での支えとして、ペロほどの適任はおらぬであろう。
また、王允には政務全般を担ってもらった。
これに伴い、執金吾であった仕孫瑞を虎賁中郎将へ、太僕兼尚書令であった王允を太傅兼尚書令に遷した。
そして呂布。彼には更なる遊牧勢の味方を募ってもらうとともに、交易ルートの安全確保をお願いした。前者については、言われずともやるという感じであったが、後者については相変わらず面倒ごとを押しつけてくるという受け取り方であった。
交易の恩恵をもたらしてこそ、より多くの遊牧勢が自ら臣従して来る、などという正論を唱えても、恐らく呂布にはピンと来ないであろう。ここら辺は自らそうと感じ入ってもらうしかない。
そこで俺は一計を案じた。先から同行しておるアフラシアブ(サマルカンド)出身の西域商人とともに呂布の天幕を訪ねる。そして商人にこう尋ねさせる。
「奉先殿。馬には興味はおありか。実は西域でも馬は産する」
「遊牧勢で馬が嫌いな者などおらぬ。ただ、この地に既に馬がたくさんおる。なんで、あえて西域から」と呂布は素っ気ない。
そこから先は俺が引き取った。
「それでは、呂布の旦那。汗血馬というのは知っている?」
最初こそ、何だそれはという感じであった。しかし、俺が前漢の武帝がいかに熱心にそれを求めたかを語るにおいて、俄然、興味を引かれたらしい。最後にはこうのたまうことになる。
「ロクシャン殿(商人の名前)。いつ、発つのだ。我は明日でも良いぞ」
これは大っぴらには言えないのだが――反逆へのそそのかしともとらえられかねないので――俺としては呂布には遊牧勢を率いて漢朝に臣従するのではなく、漢朝と連合王国のようなものを築いてもらえればとの想いがあった。
残るは俺なのだが、皇甫嵩将軍とともに山西に赴くことにした。その近くの河北には袁紹、山東には曹操がおった。これらを警戒すると共に、将来、戦となった場合に備えて、山西の防備を固めたいと想ったのだ。もともと、山西は山がちの地であり、防衛に向く。
そこで戦う相手が袁紹なのか曹操なのか分からぬが、いずれであれ、備えるにこしたことはない。史実通りに進めば、曹操が袁紹に勝ち、となれば、曹操が相手となろうか。




