第1話 転3
呂布が選んだのは俺の策だった。理由は聞いていない。ただ、呂布から一つ注文があった。少しは月の明るさが欲しいと。そこは譲れなかった。月が無いとはいえ、居所の内には灯明もあればかがり火もあろう。それを頼りにしてくれと。呂布は渋々納得した。
俺たちは旅の者に偽装して、決行予定の数日前には洛陽に入った。新月の夜は四日後。ただし、それまでに空が曇り月が出ない夜があれば、前倒しして行う計画であった。
董卓の居所がある一帯から少し離れたところにある安宿に泊まり、その夜を待つ。
到着した次の日の昼、まだ人通りが多いときに董卓の居所に向かう。恐らく貴顕たちの居所が集まる高級住宅街なのであろう。広壮な屋敷ばかりが連なる。偵察役は俺とペロ。呂布はそもそも顔バレする可能性があったし、猩猩様はその体格から警戒される恐れがあった。
既に政権を掌握したとの安心感のゆえか、幸いなことに、董卓の屋敷には目立った防御施設は無かった。とはいえ、それなりの高さの白壁で周囲を囲んでおれば、乗り越えられるところはないかと、まずはぐるりを見て回ることにする。ところどころに衛兵が立ち、完全に死角となっているところは残念ながら無かった。
ペロがここは行けそうだというところを見つける。董卓が新たに入ったゆえであろう。壁の補修をなしているところがあり、低いとはいえ、おあつらえ向きに木の足場が組んである。
到着して三日目。朝から空を厚い雲が覆い、今夜の決行となった。そして、曇天ゆえの生暖かい夜気の中、改めて足場のあるところに向かう。
俺は相変わらずのビキニ・アーマー姿であった。
「やはり師匠はその姿なのか?」
との呂布の問いに、仕方ねえだろ、俺だって好きでやってんじゃねえんだとは、さすがに言えず、
「大事のかかった夜だ」
と言うに留めた。要は気にせんでくれということだ。果たして、それが伝わったのか、呂布はそれ以上、何も言わなかった。
そして、側らのペロ。こちらはまさに一手で完了。いつも首の後ろに倒しているかぶり物を、頭にちゃんとかぶるだけだ。ちょうどその縁に付しているギザギザの牙が頭をかじる格好となる。これがこいつの着ぐるみ完全武装。ペロまでは俺と同類。ただ、いつもの如く珍奇姿三人衆とはならなかった。
猩猩様である。これまでは鎧姿に爆乳のみ飛び出しているという、色物と言う他ない姿であったのだが、胸に布を巻いたことで、何か様になっておった。
グオー。あんな助言しなければ良かったなどと言えるはずもない。彼女いわく、動きやすくなったとのことであれば、見た目の向上のみならず、戦力アップなのであろうから。俺の仮説――『正装をまとうときのみ最大火力を出せる』から少し外れるのだが。一応、彼女にはこの仮説を伝えたのだが、彼女いわく「我は気にしない」とのこと。そもそも、鍛えるための鎧であれば、正装でさえないのかもしれぬ。戦のあとに、検証がてら、そこら辺はどうだったかを聞いてみたいと想っている。お互いに生き延びたらの話ではあるが。
足場の近くに至る。ただ、そこには衛兵が立っておった。しかも二人も。側らにはかがり火があった。とはいえ、侵入者を警戒しておる感はない。だらけておった。
俺が陽動に動く。といって、何かの工夫が必要な訳でもない。何せ半乳・半ケツである。白き柔肌の上にかがり火の炎が揺らめく。二人ともにいたくそそられたようである。舌なめずりの音が聞こえて来そうだ。ただ、たいして時を置かず、二人には眠っていただくこととなった。忍び足で背後に回り込んだ二体の巨漢――厳密には一体は女だけどね――が二人を締め落とした。
携えて来た縄を体に巻き付けたペロが、足場のてっぺんにまで登る。続いて登った俺がペロを肩車するが、それでも壁の高さの半分くらい。壁面は平坦に見えたが、そこから先もペロは手がかり足がかりがある如く軽快に登って行く。恐らくあの自慢の出し入れ自由のかぎ爪を活用してのことだろう。
壁の一番上の瓦のところまで至ると、ペロがこちらに縄を降ろす。俺がそれをつかんで合図代わりに三度軽く引っ張る。ペロの姿が消えた。向こう側で木か石か、何か手頃な物に縄を結びつける手はずだ。最悪、無ければ、ペロ自身が踏ん張り、その代わりをなすことになるが。
やがて、明確に三度、縄が引かれた。ペロからの準備完了の合図である。不要に強く引っ張らないように注意しつつ、俺は縄を伝って登って行く。ペロはそれなりのものを見つけるを得たらしい。俺の体がずり落ちることはなかった。
俺は壁上に至り、壁の内側を見る。灯りのためか、風情のためか分からぬが、少し離れたところにある石灯籠に、縄が結え付けられており、ペロがその上にちょこなんと座っておる。ただこのあと登ってくる者たちのことを考えると、残念なことに小型である。
灯りはペロが消してくれたのか、既に無い。あれだけでは支えられぬと思い、俺も下に降り、縄を持つと、合図を送る。
すると縄がピンと張り、すぐにもその張りは限界近くに達する。そしてずるずると引っ張られ出す。おいおい。早速かよ。俺は綱引きの要領で何とか踏ん張らんとするも、止まらぬ。やばい。ここで壁越えできず終わりなんてありえんだろう。壁際まで引きずられたところで、不意に縄の張りが弱まり、それゆえ俺は尻もちをつくこととなる。
その側らに大剣を背負う猩猩様がズシリと地にめり込むばかりに飛び降りて来た。いや、あんな重い鎧を着けていて、順番、違うんじゃないのと言いたいのは山々だが、そんな時でないとは俺も分かっている。
重しに猩猩様も加わり、呂布が壁越えをなす。身軽さを優先してか、敵の刃を受けぬほどに武芸に自信ありということか、軽装鎧の呂布が方天画戟を片手に降り立つ。
ペロが口に指を入れて吹く。音は聞こえない。
改めて、見やる。屋敷の前には広場とも言える開けた空間があった。身を隠せるものはない。月明かりが無いとはいえ、ところどころにはかがり火が焚かれている。全く見つからずに建物の入り口に達するのは不可能ごとと想えた。俺が他の入り口を探すべきか迷っていると、
「どのみち、居館に入れば、気付かれずには済まぬ。行こう」
そう言って駆け出したは呂布。猩猩様がすぐに続く。ペロまでも。どん尻は俺。そのまま、これが突撃隊形となった。おいおい。呂布の旦那。俺と猩猩様が道中の血路は斬り開くって言ったはずだよな。まったく。
上空が騒がしくなる。ペロが陽動のために呼んだコウモリの群れだ。
片や右に方天画戟を振り回す呂布、左に大剣を重さを感じさせることなく華麗に舞わせる猩猩様。俺たちの突撃に気付いて迎え撃たんと寄せ来る者たちは、片っ端から斬られて行く。
俺は後方を警戒する。追いすがらんと迫る敵に対し、その武器をかわしては間合いに入り、打撃を入れて行く。
ペロのコウモリたちも役に立っておった。俺たちと敵の間を乱れ飛ぶのに加え、ペロが呼んだゆえ集うと知る俺たちとは違い、敵はその存在を不気味に想うらしい。敵の迎撃の動きは明らかにおっかなびっくりであった。
ペロ本人はといえば、何だろう、動き回っておれば、これも陽動ということにしておこう。敵の攻撃を受けることはなかったとはいえ、攻撃力の低さはいかんともしがたいようだった。
しかし、こうなってみると、呂布が灯りを欲したのも分かる。恐らく端からその気であったか。そして、実際、呂布が先頭きって館に入る。まさに吹き荒れる暴風と化した如く、呂布が敵をなぎ払って行く。猩猩様は互いの武器が当たらぬよう少し距離を取り、出遅れて迎撃にやって来た者たちを斬り伏せて行く。俺とペロはその後に続く・・・・・・はずであったが。
「あの子の泣き声が聞こえる」と言うと、ペロがあらぬ方に駆け出した。




