終話 九原にて5
俺の滞在引き延ばしの試みもやがて限界に達し、河内郡に戻ることになる。高原の夏はあっという間に過ぎ去り、秋を飛ばして、もう冬というほどに朝の肌寒さが増して来た頃のことであった。
ともに進む騎馬は千を越えた。遊牧勢でこの数なら、なかなかの強さだ。万を越えれば、国というレベルだし、十万を越えれば帝国だ。確かチンギス・カンの帝国も、その中心をなすモンゴル騎兵は十万ほどだったと想う。
それとお馬さんがいっぱいであった。多くは乗馬用でるが、種オスを中心としたメス馬の群れもおった。彼らがいなければ、馬乳酒にはありつけぬ。もう、その季節は終わったけど、来年がある。ペロもそれを楽しみにしているはずだ。そして羊や山羊の群れ。加えて物資の運搬用も兼ねての牛やラクダの群れ。当然、多量の水と草を必要としたので、黄河沿いを進むこととなった。
ところで、猩猩様である。体重の重さを気にして――あまり言うと怒られそうだが――まあ、彼女の場合、体のほとんどは筋肉だから――と言い得るほどに、その胸は小さくないのだが――馬に乗るのを遠慮しておった彼女であるが、そんな彼女専用の体格の良い馬が十数頭用意された。何でこんなにいるのかというと、遊牧勢においては、替え馬をするというのは、むしろ、常識であったゆえに。
それに、鎧を外すという、安易な方法も採用された。彼女も俺と同じで、そのゲーム・キャラの正装でないと最大火力は出せないのだろうとは想うが、移動時なら問題無いという訳だろう。
彼女の鎧はわざわざ牛車をしつらえて運ばれておった。俺はとある日、その日の予定の移動を終えたあとのこと。何を大袈裟な、そんな重いはずはあるまいと、そのうちの一つ、胴周りの部分の鎧を持ち上げようとして力を込めても、なかなか持ち上がらず、ようやく持ち上げられたと想ったら、ふらつくほどに重い。
「何をしておる。フリチン」
俺がいたずらをしていると想ったか、猩猩様が咎めてくる。
鎧を脱いだ彼女。女ものではサイズが合わないからと、呂布から男ものの上着とズボンを借りて身につけておった。ただ、これだけでは胸が暴れて困るというので、俺が胸を布でぐるぐる巻きにすれば良いと教えてやると――といって、無論、俺に経験がある訳では無く、何かの映画で見たことがあった――すっかり気に入った様子。その凜凜しい男前の顔立ちに、胸の膨らみも抑制されたならば、まさに男装の麗人の出来上がりとなっておった。
「いや、本当は髪の毛並みに軽いんじゃないかと想って。超軽量で超固い特別製なんじゃないかと。でも、とっても重いんだね」
「当たり前だ。そうでなければ、鍛えられぬ」
「?」俺は一瞬理解が止まる。
「わざと重くしているの?」
「あたり前であろう」
「なら、これを脱いだ方が強いの?」
「恐らくな。外して戦ったことはないが」
猩猩様って、マンガとかでよくあるあれではないの。あまりにも強いゆえに自分に縛りを付けるというあれ。
「これ以上、強くなるのかよ。こっちは未だスキルの発動条件さえ見極められないというのに」
俺はそう独りごち、夕刻間際の緩い川風にしばし吹かれ、黄昏ることとなった。
そんなこんなで、ようやく河内郡というところ。到着を報せるために、丁原様の元へ、呂布は六騎を先遣隊として発した。
その日のこと。前方に砂煙が上がっておるので、見ておると、先遣隊のうちの一騎であった。戻って来たのだ。
「馬を全速で走らせるとは何ごとか。足を痛めようぞ」
との呂布の言葉をさえぎって、相手は下馬する暇さえ惜しんで、告げる。
「大変です。急いでください」
「何ごとであるか」
「董卓により主の建陽様(丁原)が討たれたとの噂が広がっております」




