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第4話 九原にて4

 そして、見聞を広めることにいそしむ猩猩しょうじょう様であったが、途中で出会ったとして、俺とペロが随喜の涙を流して――とは、さすがに大袈裟であるも、ペロの方はムニャムニャと言葉を発せぬ猫の如くとなり、俺は俺でオオオとのみしか言わぬ木偶坊でくのぼうと成り果てたあるものをもたらす。そう、しブドウであった。(注1)


 もっとも、干しブドウが自分で歩いて来るなんてことはありえず、実際に出会ったのは西域の商人であった。


 聞くところによると、その者いわく、単于を訪ねて来たのだが、河東方面へ攻め込んで不在と分かり、途方に暮れていたところで、珍しき姿の猩猩様と出会い、話しかけて云々(うんぬん)とのことだった。どうやら、新たな商路開拓をと勇んで話しかけたようであった。猩猩様の鎧姿よろいすがたは一見ローマ風なるも爆乳のところだけ赤地の布で覆う特殊仕様、人目を引くことこの上ない。


 その猩猩様は普段、無口なのだが、その商人の存在がまさに見聞を広めるという目的に合致したようであり、珍しく饒舌に応じたとのこと。


 それで、更にいろいろと聞いて行くと、呂布とはそれ以前に出会っておったが、まともに相手にされなかったとのこと。


 おいおい。呂布の旦那。遊牧勢にとって交易は大事なものだろう。そう想い、あらためて呂布の下に向かう。ペロもひっついて来る。干しブドウ欲しさゆえであるは、明らかであった。


 仲間集めを終えた呂布は、ほど遠からぬところに天幕を張っておった。ただ、客人が多いということもあり、我ら色物組とはこのところ会っておらなかった。


 母方に匈奴の血を引くということもあって、故郷では名家ということなのだろう。かなり大きな天幕であった。そこに招き入れられ、朝採れの馬乳酒だとおごられ、それをご馳走になりつつ、本題に入る。ちなみに、今は昼の三、四時くらいだろう。最近は日が長く、また時計も無いので、分かりようがないのだが。


 そうすると、やはり商人が言った通り、興味なさげであった。


 俺が「丁原様やクラン御前に紹介すれば、お二方も喜ばれよう」とまで言って、ようやく・・・・・・とはならなかった。


「我は武芸はたしなむが、交易は良く分からぬ。師匠に任せる」と言われてしまう。


 こうなると、無理強いはできず、「分かった。俺が面倒を見るよ」と呂布には答え、商人には「俺の方からあるじのクラン御前に紹介するから、一緒に河内かだいに来てくれ」と言うと、まさに相手は満面の笑みとなり、俺とペロに両手にたんまりと干しブドウをくれた。


 俺とペロがもらった量がほぼ同じと気付く。まさに、相手にとっては、俺たち二人は「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」という点で同格の存在であったかとあらためて想い至る。


 更に商人は俺からクラン御前が女性であると聞き出すと、その翌朝、再び訪ねて来て、「御前への贈り物として、これなどどう想われますか?」と尋ねられる。いつもの如く、側らにおるペロがやって来て、共に見る。


 差し出された手のひらにあるは、青い宝石だった。小指の第一関節ほどの大きさだった。


 ペロがそれにペタッとばかりに鼻をつける。そしてクンクンと鼻をひくつかせる。食べ物でないと分かったらしく、軽快にスキップしつつ離れて行く。


 いやいや、現金すぎるだろう。それに見れば分かりそうなものだし、匂いをぐにしても、鼻をつける必要はないだろう。というか、どれだけ鼻が効かないんだ。とりあえず、心中でペロに突っ込みの連撃を放つと、俺は色物組専用の天幕の中におる猩猩様を呼ぶ。彼女は商人からいろいろと聞きたいらしく、留まっておったのだ。


 彼女はその青い宝石を見て、どこから手に入れたのですかと尋ねる。


「クシャンの商人からです」と相手は答え、「宝石の名はラピスラズリです」と付け加える。(注2)


 そうやって、猩猩様は自分の知りたい情報を手に入れるだけ入れたあと、もう興味は無いとばかり、歩き去ろうとする。俺は引き留め、


「クラン御前への贈り物としてどう想う? 喜ばれるだろうか?」


「分からん。手毬てまりなら宝石に詳しかろうが、ここにはおらぬ」


 とつっけんどんに言い、大股に歩き去る。


 手毬って、誰だっけ? 記憶にあるような無いような。いずれにしろ、残念そうな商人を放っておく訳にも行かず、


「きっと喜ばれますよ」


 と言うが、心がこもっていないのが、相手にも伝わったらしく、嬉しそうな顔は見せてくれぬ。男はヒゲで顔の下半分が埋まっておったが、それでも表情は十分に読み取れた。いわゆる西洋風の目鼻立ちのはっきりした顔であり、日に焼けて肌は褐色だが、襟元からのぞく肌は白い。身長は俺より頭一つ高い。


「西域のどこから来られたのです?」


 具体的な地名をまだ聞いておらなかったゆえの問いだ。


「アフラシアブです」との返答。


 サマルカンドの古名である。


「ソグド人ですか?」


「そうです。良く分かりましたね」


 と言われ、俺の前世の日本でも、まぼろしの民ということで、歴史ファンには有名なんですよ。想わずそう答えそうになり、あわてて口をつぐむ。


 注1 日本で同類のものといえば、乾燥した冬に造る干し柿となります。西域(例えば、ブハーラーやサマルカンド)では、風通しの良い丘などに小屋を設けて、そこにブドウを吊します。気温の高い夏でも造れるほどに、かの地の夏はカラッカラに乾燥しているのです。低温の冬に造る日本の干し柿でさえ、ときに腐れることもあるのですが。


 注2 ラピスラズリはアフガニスタン北部のバダフシャーンで採れる。ここの支配は、グレコ・バクトリア王国→大月氏→クシャン朝と移り行き、この後漢末期はクシャン朝に当たる。クシャン朝といえば、カニシカ王の下での仏教美術のさかえであり、ガンダーラ美術と呼ばれたりする。

 ところで、ラピスラズリは瑠璃るりと漢訳されるが、法華経にも七宝の一つとして瑠璃が出て来る。法華経がインドのどこで成立したのか定かでないが、バダフシャーンからそんなに遠くはない。ここで産する瑠璃ラピスラズリが、インドに運ばれていたのであろう。


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