第3話 血の四日間9(あるいは漢・盧植5)
(少)帝と陳留王をさらって逃げた段珪たちを追う盧植。現地に詳しい兵を河南尹である王允から借りて配下とし、手分けして捜索を続ける。
やがて、洛陽八関の一つ、小平津(津とは渡し場のこと)で見つかったと聞き、急ぎそちらに向かう。恐らく黄河を渡り、北東へ逃亡しようとしたのであろう。夕刻の橙色の残影の中、辺りは暮れなずみつつあった。
(注 洛陽との名から、この都が洛水沿いにあることは、何となく想像できると想うが、実は北を黄河が東流していたりする。邙山に隔てられるので、黄河は、その水を農耕には利用できないとはいえ、(凍る冬を除いて)軍事防衛上は有用である。それもあって、洛陽八関のうち、二つまでが置かれる。洛陽から見て北に孟津関、北東に小平津関がある)
渡し場のところに至ると、まさにその向こうは河というところに追いつめられておる者たちがおった。囲んでおるのは、盧植の配下であった。既に何人かは松明をかかげておった。
近付いた盧植の顔を見て、段珪はさも嫌そうな顔をする。この四日間で三度目であれば、致し方ないとも想うが、
(そう嫌うものでもなかろう)
無論、想うのみであり、声には出さぬ。代わりに、
「帝と陳留王を返していただこう。そなたら宦官らにとっても仕えるべき漢家の方々である。ならば、そのふさわしき居所が光武帝の御代以来、洛陽であるを知らぬはずはなかろう」
「それ以上、近寄るな。近寄れば、帝ともども身を投げるぞ」
そのふところに帝をかき抱き、段珪は叫ぶ。そもそも声変わり前の少年の如くの声であってみれば、それは甲高い悲鳴となって、夏期ゆえに満々と水を湛える川面に響き渡る。
「愚かなことを言うな。帝と王を道連れにするならば、そなたの九族、そのことごとくは誅殺の憂き目をみよう。今、ここにおる他の宦官どもも同じぞ」
「ならば、我らにどうしろというのだ? 我らに助かる道はあるのか?」
「たやすきことよ。先ほどから言うておろう。帝と王をこちらに渡せば良い」
「そうしたら、我らを逃がしてくれるのか?」
「そうではない。我が逃がす訳ではない。そなたらが勝手に逃げるだけだ」
「そのように言うが、どうせ追って来るのであろう」
「我には帝と王を無事に洛陽に送り届けるという大事な役目がある。そなたらに構っておる暇はない」
「本当だな。兵も追わぬと約束しろ」
「くどい奴だな。我が追わぬなら、我の指揮下にあるこの者たちも無論追わぬ」
それでも、ためらうようであった。
「分からぬ奴だな。やんごとなき身の帝と王をさらい、ここまで引き連れた罪は万死に値しよう。ただ、帝と王を無事に渡すのならば、きっと帝は大赦されようし、王もそうすべきと上奏されよう」
盧植はそこであらためて正座すると、渡し場にぬかずいて請う。
「帝よ。どうか、大赦の詔を、この者たちに賜っていただきたく、お願いします。そして、王よ。そのようになすべく上奏していただきたく、お願いします」
「帝よ。どうか盧尚書の申し出に従ってください。二人で共に生きながらえましょう」
子供の声ながら、なかなかしっかりした王の言葉が聞こえた。
帝はしばらく震えておったが、ついには、その震えを声に重ねて、告げる。
「大赦を賜る」
段珪はへなへなとくずおれた。他の宦官どもはあるいは呆然と立ち尽くし、あるいはやはりへたり込む。嗚咽する者さえおった。
「そなたらに告げておく。二度と洛陽に入るな。こたびのそなたらの乱により、少なからずの者が命を失っておる。そなたらは深い怨みを買っておるゆえにな」
自分より背の高い帝を支えるようにして、陳留王がこちらに歩き出す。
盧植は宦官たちを刺激したくなかったので、その場に留まり、待った。
やがて二人が至ると、目線を合わせるべくしゃがみ込み、
「よくぞご無事で。さあ。洛陽に帰りましょうぞ」
と告げる。
「本当に許すのですか? 今なら、全員殺せますよ」
兵の一人がそう言い、同じ気持ちですという如く、他の兵たちもその後ろに居並ぶ。
「帝の大赦の詔が既に出ておる。それをあえて破るというのなら、我がそなたらを斬らねばならなくなる。そなたらには、我と同じく大事な務めがある。お二方を都に送り届けるという。まさか不足という訳ではあるまい」
おぼろ月が照らすなか、宦官たちを渡し場に残し、一行は洛陽へと戻るべく、きびすを返した。
(注 河南尹と洛陽八関については、次話で少し説明します)




