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第2話 血の四日間8(グロ注意)

(グロが苦手な方はスルー推奨です)




 霊帝が亡くなって半年ほどが経っておった。そして洛陽城にての戦が始まって四日目。こよみでいえば、中平六年八月の辛未しんび


 南城門におる丁原。いつからか、騒ぎは聞こえて来なくなっておった。城門から中をのぞける範囲には、動いておる人影は見えぬ。戦の中心が北に移動したのか、それとも終結したのか。


 我々についていえば、敵が来なかったので、戦はしておらぬ。とはいえ、四日目ともなれば、配下は明らかに疲れており、終わっておるならば、戻って休ませたかった。


 そのためにも、城内の様子を確認したく、できうるならば、袁紹と話したい。問題は誰を発するかだ。突入した味方将兵は平静とは言いがたい精神状態であろう。宦官とは想われぬとしても、怪しき奴と疑われたら厄介ではある。この中で一番顔を知られておるのは、間違いなく己である。加えて、袁紹とは顔見知りである。仮に己を知らぬ将兵ともめたとしても、あの者に通してもらえるよう求めたら、何とかなろう。


 そう想い、クラン御前ベキの弟にこの場を託し、己は護衛として二騎のみを連れて向かう。


 中はひどかった。死体があちこちに転がっておる。それもあって、馬が怖がり、進もうとしない。仕方なく、一端戻って馬を門前の配下に委ね、我ら三人は徒歩で進んで行く。死体のかたわらに血に汚れた牙旗がしばしば見られた。『何』の旗が最も多く、『袁』の旗も見られた。南宮にある諸殿のかたわらを通り抜ける。やはり城内の戦闘は終結しておるようであった。戦につきものの騒然とした物音はまったく聞こえない。袁紹たちが配置したと想われる兵がところどころに立っておった。あとは死体ばかりであり、足には血がねばつく。既に辺りは腐臭が漂い始めておった。


 後宮のかたわらを通り過ぎ、至ったのは、北宮の入口にある朱雀闕すざくけつ(南門)。


 恐らく己を見知ってくれておるのだろう、若い将が近付いて来て、話しかけてくれた。なので、袁紹への取り次ぎを頼む。


 北宮の殿の一つに案内される。中に入るとよけいにひどかった。あらゆるものが血で汚れておるだけではない。その多くが人の体であり、更にバラバラに切断され、転がっておった。しかも大人になりきっていない者さえ散見された。戦闘というより虐殺――明らかにそれがなされた後であった。戦慣れした丁原でさえ、目をそむけたくなる。


 大きな部屋に案内される。座り込んでおった袁紹は立ち上がり、我を迎える。その足下の床には十人ほどの遺体が並べられておった。


「中常侍どものなれの果てよ。こちらが趙忠――この者などは我を漢朝の大患の如く喧伝しておったらしいが。そして、こちらが……」


 と順番に説明して行く。その息の生暖かさと共に溢れる言葉の熱が伝わって来る。体は疲れておるのだろうが、心は場違いに浮かれておるようであった。


 やがて丁原の反応がかんばしくないことに気付いたようであり、


「わざわざ城内に来られたということは、何用でござろうか?」


 と問われる。丁原はようやく城内に入った目的を果たせると想ったが。どう答えるかについては、配慮が必要であった。兵を休めたいというのが正直なところだが、前線で戦ったこの者にそれを願うのは気がひけたゆえに。


 ただ、こちらの返答も待たずに、袁紹は床に置かれた生首を蹴り上げ、再び口を開く。首はしばし転がり、やがて止まる。


「こいつは裏切り者の樊陵はんりょう。張譲らが偽りの詔により、我が就くところの司隷校尉に新たに任命しようとした男だ。宦官どもは我を殺す気であり、その前段階として、これをなさんとしたは明らか。それを知りながら協力したゆえに、我自ら斬った」(注1)


 その言葉が尽きるのを待って、


「本日、かようなことになるとは想いも寄らぬこと。ゆえに、あらかじめの備えはまったくしておりませぬし、また、後事を託して来た訳でもありませぬ」


「攻め入る前に、そのようなことを言われておったな」


「早くに戻らねば、要らぬ心配をかけることになりましょう。もし、戦闘が終わったのならば、配下ともども」


「おお。これはこれは。お気遣いが足りなくて申し訳ない。どうぞ、戻られよ。そうだ。大事なことを伝え忘れておった。実は(少)帝と陳留王(王美人の子の協)を連れて、段珪だんけいたちが逃げておる。ただ、そちらは盧子幹(盧植の字)殿が追っておるゆえ、何とかなろう。そなたの手をわずらわせることにはなるまい。こたびはまことにご苦労であった」


 そう告げたあと、袁紹は我を案内してくれた将に、我を送るよう、また将のなにがしに我の代わりに城門の守備につくよう言伝ことづてせよと命じる。


 我は門まで至ると、その将に尋ねる。


「折角の機縁。名を教えてもらえぬか?」


「袁本初(袁紹の字)の長子で袁顕思(袁譚の字)と申します」


「はあ。なるほど。お子であったか。本初殿がうらやましい。かように先が楽しみな息子がおるとは」


 相手は苦笑いするばかりであった。


 袁紹は袁譚より末子の袁尚を気に入っておった。それゆえの苦笑いであったが、そんなことを丁原が知るはずもなかった。


(注1 ここの部分は『三国志』と『後漢書』で異なる。『三国志袁紹伝』は斬られたのは『司隷校尉の許相』であるとする。他方、『後漢書何進伝』から分かるのは、斬られたのは『司隷校尉の樊陵はんりょうと河南尹の許相』である。一般に、成立年代の早い『三国志』の方が史料価値が高いとされるが、ここは、洛陽城での戦を詳細に伝える『後漢書』の方が正しいと想える)


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