終話 血の四日間6
盧植はふと周りを見る。己は丈の低い土壁に背を預け、足を投げ出し、地面に座っておった。目の前には様々な植物が植えられておった。そうして、想い出す。あの後、宦官側に動きが見られないこともあり、体力を確保するためにも、少し眠ることにしたのであった。
ここは冬宮のかたわらにある菜園。様々な宮廷儀礼に用いる穀物や野菜の類いが植えられている。
早起きの小鳥たちのさえずりが聞こえる中、ただ、己の目を覚ましたのが、それでないことは明らかであった。もっと物騒な騒ぎが冬宮から聞こえておったゆえに。
木々の間から斜めに注ぐ朝日の中、軍勢が集っておった。『何』の文字を刺繍した旗が幾本も掲げられ、柔らかな風にゆるりとひるがえる。その者たちに一人の騎馬武者が下知しておった。遠目にしか見えぬので、顔ははっきりせぬ。ただ、最早、何進と見まがうことはなかった。昨夜、あのように混乱したのは、よほどに己が疲れておったのもあろうが、何より、昼間の出来事が衝撃的過ぎたゆえであろう。
一眠りして、疲れも取れ、衝撃も和らいだならば、その人物が誰かは明らかである。大将軍の弟の何苗である。兄を殺した宦官側についたのか。
大将軍たる兄に加え、この者は車騎将軍、そして妹は皇太后とくれば、何家の栄えは約束されたも同然であったろうが。昨夜の皇太后の様も想い出され、哀れみさえ覚えるが。ただ、そのお子たる劉弁は漢家の皇帝でもあれば、衰運のままに落ちぶれるのを座視する訳にも行かぬ。
そして、それを期しての集結であったのだろう、何苗の号令の下、軍勢は南へと、すなわち、後宮の方へと動き出す。恐らくは宮中に攻め入った敵を迎え撃つために。
軍勢がいなくなるのを確認したあと、ふと冬宮を見て、違和感を抱く。護衛が一人も立っておらぬ。
何苗軍が南へ向かい、敵に当たるとしても、そんなことはありえぬはずであった。特に皇帝がこの中におるならば。
もしや。そう想い更に冬宮に近付く。人が立てる物音が無い。聞こえるは鳥の声ばかり。そこで不用心かとは想いつつも、冬宮の門へと至り、扉を開ける。
隅の一室に宮女たちが十数人、猿ぐつわをかまされ後ろ手に縛られておったのをのぞけば、もぬけの殻であった。
何苗率いる軍勢はこの北にある北大門から入ったのであろう。ならば、宦官どもはそこより帝を連れ出して逃げたに違いなかった。




