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第5話 血の四日間5

 盧植はなるべく足音を立てぬようにして、そろりそろりと音のする方に向かう。南小門に動きは無かった。そのまま後宮の西壁沿いを進む。


 最前まで隠れておった植え込みで、なにかのときのために見つけておいた長枝を拾う。何もないよりはマシである。


 西小門にも動きは無い。そして、西壁が途切れたところで覗いたところ、人の姿が見えた。かなりの数である。月明かりが照らす中、北小門から出て、更に北へ向かっておる。その先にあるは北宮。あの炎を見て、後宮を捨てる決意をしたのだろう。


 宦官だけで向かっておるのであれば、放って置いて良いのだが、奴らが帝を残して行くとは想えぬ。


 宦官兵とはいえ、三十人以上はおりそうであり、しかも武装しておる。己一人で何とかできるとは想えぬ。まずは向かった先を確認せねばと、そう想い、最後尾が発したと想われたところで、その後を追おうとする。ただ、北小門の方から遅れて足音が聞こえ、あわてて壁の影に身を隠す。うかがっておると、女性一人を囲む一行が姿を現わす。


 女性は急ぎ足で追いたいようであるが、衣の裾が邪魔をしておる。そのあでやかなにしきに織り込まれた金糸・銀糸が月光に映える。あんなものを普段着に身にまとうは何皇太后か王美人のいずれかであろう。二人とも高身長であったが、あの小太りの様は前者に違いない。


 前の集団からは置いて行かれ、幸いにも今となってはかなり距離がある。彼女だけでも助けられれば。


 護送する宦官は三人。一人はその独特な冠から中常侍と分かる。残り二人は武装兵であった。問題は武器の優劣――相手が槍、こちらが長枝であること。それ以上に懸念すべきは、下手に戦って皇太后まで巻き込んでしまい、傷つけかねないこと。あの歩き振りでは、己が身を守るのも難しそうである。といって行かせては機会を失う。


 盧植は月夜の暗さを利用することにした。長枝を持つ腕を不自然に背後に隠す。うまくすれば、こちらが持つのもまともな武器と誤認しよう。


「待たれい。力尽くで連れて行かれておるのは、皇太后ではないか? 不届きな。とはいえ、皇太后の御前で武器は用いたくない。皇太后を置いて行かれよ」


 相手は足を止め、こちらを見ておったが、やがて武装しておらぬ者が口を開く。


「尚書か。詔はできたのか?」


 宦官にしばしばおる声変わり前の少年のような声であった。盧植は午後に訪ねて来た者たちを想い出す。とすれば、相手は張譲か段珪だんけい。張譲は一度聞いたら忘れられぬダミ声であったので。


「段中常侍よ。いつわりの詔は死罪ぞ。ただ、皇太后の御前で武器をふるうもまた大罪。とはいえ、皇太后の許しがここで得られるなら、そなたを斬るのは罪にはならぬ。

 そこの宦官兵よ。そなたらは、未だいかなる罪も犯しておらぬ。段中常侍と皇太后を置いて先に行け。邪魔立てするなら、容赦はせぬぞ」


 そう言い、右手は背後に隠したまま、更に一歩進む。そうすると、宦官兵の一人が逃げ出す。続いて、もう一人も。段珪に残って争う胆力のあろうはずもない。捨て台詞さえ残さずに、去った。


 残された者に近付くと、やはり皇太后であった。ただ、混乱しておるようで逃げた者を追いかける。急ぎ、腕をつかみ止めると、「息子が」と答え、追いかけ続けようとする。


 手に力を込めて「帝を連れ去ったか」と問うと、うなずく。良く見ると、涙を流しておるようである。


 果たして、こちらが誰か分かっておるのかさえ疑わしい。霊帝の死後、臨朝(注1)をなされておるから、何度も会っておるのだが。暗いというのもあろうが、何より心中の狼狽のゆえであろう。(注1 皇帝の代わりにまつりごとを行うこと。日本でいう摂政)


 なので、あえて「尚書の盧植です」と告げてから、「この先は私にお任せください。皇太后におかれましては、身の安全を図ってください」


 それから、引きずるようにして北小門の方へ連れて行く。中に入ると宮女が数名おった。


「皇太后を頼む。外は危険だ。決して後宮から出すな」


 とのみ告げ、再び集団の後を追う。


 北宮が目に入る。近づく前からものものしい。ただ、そこで盧植は信じがたきものを見る。


 北宮を囲むように焚くかがり火に護衛に立つ者たちが浮かび上がる。やはり鎧兜の姿であれ、明らかに宦官兵のものではなかった。何よりは、門の両側に立てられた二本の牙旗。炎の照り返しの中に浮かぶは、『何』の文字であった。


 果たして己は、あやかしの手綱にでも絡み取られておるのか。


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