終話(おまけ) 太平経について
第2章第1話で述べた『太平清領書』であるが、黄巾の乱を起こした太平道の経典である。『太平清領書』は、残念ながら現代に伝わっていない。ただし、『道蔵』所収の『太平経』が大略それを伝えるという。
本話では試みにそれを読んでみよう。私自身、そもそも道教の素養もないので、なんちゃってチャレンジではあるが。歴史ものとしてやっているのだから、こういうのも面白かろうという訳である。
まずは分かりやすいものから始めよう。こうした経が現代でいえば、小学校の役割も担うことが分かる部分でもある。
『元気(万物を産み育てる気)には、太陽・太陰・中和の三名あり。(注 ここでの太陽はお天道様のことではなく、陰陽の陽である。中和は中庸といった方が分かりやすいか)
形体には、天・地・人の三名あり。
天には日・月・人の三名あり。北極(星)がその中心をなす。
地には山・川・平土の三名あり。
人に父・母・子の三名あり。
治(=政治)には、君・臣・民の三名あり。太平を欲するなり』
同じ文型を繰り返して、様々な事物・事象を関連づけて行く。子供でも、天・地・人は分かり、また日・月・星も知っていよう。難しい議論は無しに、それらを、太平経の根本概念――この世界の理解の根本――太陽・太陰・中和と関連づけてみせる。そうやって、『太陽・太陰・中和』に親しみを持たせるのである。なじみのないものや理解しがたいものに対する反発は、古今東西、変わらぬであろうから。
(ちなみに老子にても、『陰・陽・沖和の三気』との表現があるが、あくまで『道→一気→陰陽の二気→三気→万物』の段階生成論の中で述べておるに過ぎず、太平経ほどの三気の強調はない。)
そして、最後の一文は少しばかりぴりりと辛い。あえて、『=政治』としたが、道教が『能動的な政治=儒教が重視する政治』に批判的なのは、良く知られたところである。ただ、後ろに『君』とあるから『=政治』にした。ただ、『治』は『=治むること』の方が良いかもしれないし、ここでの『君』は儒教が理想とする政治的君主とは一線を画すことは頭の片隅に置いておくべきであろう。
ここから、一気に核心に迫る。そうだよね。やっぱ、早くにそれは知りたいよね。
『此の三者(これは『元気~治』までに述べた三名である)は常にまさに腹心(=一身同体の如く)であり、銖分(=わずかなもの)も失わずに、一つの憂いをともにし、合わせて一家と成れば、立ちどころに太平に至り、延年(長寿)は疑いえぬ』
最終的に得られる現世利益が長寿であることは、道教に共通していると言って良いが、この時代ならではともいえる。十分な医療技術・設備もなく、栄養状態も悪いこの時代、まさに長寿は稀ごとであったろうから。
ちなみに始皇帝やチンギス・カンでさえ、道教の徒に不老長寿の法を求めたことが知られている。ただ、こちらの場合は不老に重きが置かれているようだが。
議論がとりとめもないものになった気はするが、そこは勘弁して欲しい。厳密なところを求めれば、それはそれで却って分かりにくくなるというのも良くあることなので。
とりあえず、太平経というものが、調和・協調(上記の議論では『三名の関係』がそれに当たる)を重んじる平和志向のものであること。また、漢朝への武装蜂起へ直結するような政治思想とは無縁であることを、理解していただければと想う。
更に言えば、そうした集団が反乱をなさねばならなかったほど、漢朝の政治がひどかったことも想像できよう。




