終話 狂乱の蝶蝶(グロ注意)
(視点は徐晃です)
八つ裂きになるのも時間の問題だな。奇妙な術――姿を消し、あらぬところから現れる――を用いて、かわし続けてはおるが。いつかは、その腕を、足を斬り落とされ、最後にはその首を。
これも練習の賜物と言えた。あのとき、共に三人がかりで奴を相手にしたとき、足止めするを得たが――郭嘉からの頼まれごとでもあり、それを果たしはしたのだが――ついぞ、倒すを得なかった。
我もそうだが、他の二人――張郃と許褚も武芸というものにひとかたならぬ矜持を抱いておる。おのずと捲土重来を期して、三人で練習に励むことになった。一度、対戦したゆえに、奴がどう動くかは分かっておった。それへの対策を万全とするためである。
そうして、奴に想うところありということで、後に典韋も加わる。と同時に、我らは郭嘉に奴と戦えるよう策を練ってくれと依頼しておった。
そうして、今や、その待ち焦がれたときであった。奴は逃げるのに必死で、地を這いまわっておる。何度となく、頭部への攻撃を仕掛けて来るが、全てふせがれる。頭にしか致命傷を与えられぬと分かっておるゆえ、そこさえ守れば良い。
「多勢によるなぶり殺しは我の好むところではない。とはいえ、殿の御身のためを想えば、そなたを殺すに如くはなし」
典韋が奴に告げる。
そう。なぶり殺しの末の八つ裂き。それが奴に待っておる天命だ。孟徳様に仇なす者の末路にほかならぬ。
一瞬、その理解しがたき行動に驚く。子供の如くであった。その顔に描かれていたものを両の掌でぬぐい、無心になって落としておる。ただ、結果としては、落ちたというより、薄く伸ばした如くの赤味がかった顔色となった。酔っぱらった如くの滑稽なものに。
他の者も驚いておったらしい。ために、攻めが止んでしまう。あるいは、このとき、一気呵成に攻め込んでおれば、結末は違ったのか。
それが終わったあと、敵は構え直す。というか、まともに構えなかった。これまでと異なり、腕もだらりと下げたまま。ただ、右足を下げて、半身にはなっておる。
表情は惚けた如くであり、戦う者のそれではまったくない。目もどこを見ておるのか、はっきりせぬ。
なにより、異様な雰囲気が満ちる。みだらな気であった。確かに、そもそもこの者は半裸同然の姿ではあった。ある意味、似つかわしいとさえ言える。しかし、ここは命のやり取りをする戦場である。寝屋ではないのである。
そして、こちらも命を奪い奪われの覚悟の下に対峙しておれば、たとえ、かような気が横溢しようと、呑まれるものではあるまい。しかし、あらがいがたく己の中に淫猥なるものが引き起こされ、この者を抱きたいとの想いに無性に駆られる。
奴はやはり姿を消した。幸いなことに技は変わらぬらしい。こちらはこれまで通りに応じれば良い。次の瞬間、張郃の足元に姿を現す。踏ん張れば良いだけのこと。体重の軽いこの者の蹴りでは致命傷にならない。
ただ、想わぬことが起きた。鮮血が飛び散ると共に、張郃が立っておられず、片膝をつく。そうして、少し離れたところに見えるは、張郃の足とおぼしきもの。
斬られた? 武器を隠し持っておるのか? 奴はまた姿を消す。許褚の顔の横に姿を現す。お得意の頭への攻撃。許褚は腕を上げて、攻撃を防ぐはずであったが、腕の途中で切断され、そのまま蹴りは頭を直撃。兜をかぶっておるおかげで、顔の両断はまぬがれたが、衝撃はすさまじく、兜もろとも顔がへこみ、許褚はそのまま横倒しになる。
「二人、やられたぞ」
異様な状況に陥ったのをようやく理解したらしき典韋が、見ていれば分かることをあえて叫ぶ。
他方、我の心にあったのは、『死ぬのか、ここで』であった。
風が女の黒髪をなぶる。そうして、女と目が合う。そこには、殺気はなかった。にもかかわらず、怖気のために、我は目をつぶる。
怒声ともうなり声ともつかぬ声が聞こえて目を開ける。典韋が重さ八十 斤の長大な二叉の戟で女に猛襲をかける。我も大斧を振りかぶり、遅ればせながら続く。守るを得ぬなら攻めるのみ。二人で戟を大斧を矢継ぎ早にふるう。奴に反撃の暇を与えぬために。
ただ、女は、間合いを外さず、更には、その攻めを一寸外してかわすのを楽しむ如くギリギリでよけつつ、反撃を繰り出して来る。そのかわす動きと攻撃の動きは、分けられるものではなく、くるくると舞う舞いの中で連環する。女は武器を持っていない。にもかかわらず、我らの腕が、足が斬られて舞い、女はその返り血で血化粧をなした如くの面となり恍惚に酔う。その女の腕が己の首を薙いだのが、我の見た最後の光景であった。




