第3話 戦8
(視点はフリチンです)
昨夜、日が落ちる前、敵の全軍は本城塞より撤退した。夜に慣れぬところで攻められるのを嫌ったのだろう。こちらが造り上げた城塞である。地理の把握は圧倒的にこちらが有利である。
段々畑の上の横穴群に俺たちは避難した。白蓮が魔法で明かりを灯してくれている。蝋燭の火よりずっと明るいのだ。
ペロは手鞠に褒められ、あの猩猩様のときと同様に顔をクシャクシャにして喜んでおった。それを見て、俺はほっとする。古い付き合いなんだから、仲良くやってくれよと。
そして、翌朝。俺はうずうずして待っておった。こちらを攻囲する曹操軍の向こうに、新手の軍勢が見えた。掲げる軍旗は、『漢』そして『呂』。後者のはためく位置は、軍の前方、最精鋭が配される突撃隊の位置である。攻守交替、そのときが至るのを、ワクワクして俺は待っておったのだ。
これより前のこと。俺は手鞠に隈取をしてもらっていた。場所は小屋、手鞠の望みであった。他の人に聞かれたくない相談事があるゆえとのこと。まず、俺が残っている敵が周囲にいないか、確認を済ませた。
指の腹から血を滴らせて、血化粧を終えたあと、手鞠いわく、
「本来なら、こちらからも軍を出して、挟撃すべきだけれど。それを黄巾の人たちに望むのは酷だわ」
「俺も一緒に戦っていたから、よく分かるよ。敵の士気は高かったし、それに対し、皆、勇敢に戦っていた。その分、犠牲も多いだろうから」
「白蓮は休ませたいし、おチビちゃんは」
「寝かせておこう。ペロはもともとも戦闘向きではない」
「あの子にはきつく当たり過ぎたみたい」
「気持ちは分かるよ。真面目なのかふざけているのか、分からないところもある。テイマーだから、俺たちとは違う」
「以前に比べ、あなたとは仲良くなったようね」
そうなのか、と改めて知る。
「あの子は誰彼かまわずテイムの術をかけるでしょう。でも、私同様、あなたもテイムが効きにくいのかなと想っていたけど、違うみたいね。大人には効かないのかなと想っていたのだけれど」
そこまで聞いて、ムムとなる。俺が子供ということか。確かに、猩猩様とは少し距離があったし、対して白蓮や倫倫とは大の仲良しだからな。
「それで私の言いたいことは」
何となくそれは伝わって来ていたので、その後を俺が引き取る。そもそも俺だけ隈取をするということからも、推測がつく。
「大丈夫だよ。俺一人で。あっちには呂布の旦那もいるし、猩猩様もいる」
「猩猩様って、もしかしてゴリ姉のこと?」
「えっ。もしかしてゴリ姉って、ゴリラに似ているから?」そう言いつつ、俺は笑ってしまう。
「白蓮が付けたのよ」
「何だ。もともと、そう呼ばれていたのか。俺が気を使って、猩猩様って呼び替える必要もなかったんだ」
「蝶蝶が付けたの? 何で?」
「ゴリラって呼ぶのは、悪い気がしてね」
「そうね。猩猩様の方が格好良く聞こえるわ。彼女も気にいったでしょう。でも、同じ意味なのよね」
そこまで言って、手鞠もついに笑い出す。
「彼女には類人猿最強の称号だって教えたけど」
「それも間違いではないわね」
「猩猩って言葉の意味を知ってるの?」
「悪役令嬢のチート能力のおかげでね」
これまで手鞠の笑顔を見ることは、ほとんどなかった。それだけ、重圧を感じていたのだろう。そこから、解放されてようやくか。確かに、城塞戦としては、大きな山場を越えたと言って良い。
「そういえば、あなたはおチビちゃんからフリチンって呼ばれているわね。一体、どんな意味なの?」
さすがに妙齢の女性に俺は説明することができず、
「ペロに聞いてくれ。あいつがつけたんだ」
彼女は、まるで既に意味は知っていますけど、という感じのいたずらっぽい笑みをたたえておった。
俺は呂布率いる騎馬の一軍と共に並走しておった。最初はもっと多くの者と共に追い始めたのだが、徐々に遅れる者が現れ、今では三十騎ほどとなっておった。もちろん、俺は一人だけ、自分の足で走っておる。
曹操と想われる者を追っておった。不意にであった。派手な鎧兜の者が数騎のみを連れ、曹操の軍営から逃走に入ったのだ。もちろん、影武者の可能性もあった。
敵は身を隠しやすい森や林に入ることもなく、ひたすら走りやすい平坦な地を駆け続ける
「呂布の旦那。本当に曹操かどうか見て来る」
幸い、俺は曹操の顔を知っておった。一度、戦ったゆえだ。あのときのことは、忘れたくても忘れられない。まさに、大魚を逃がすことになってしまった。倒せていたら、共に戦ったみんなは死なずに済んだのだ。
「下手に近づいては、危険なのでは?」と呂布。
「全天があるから、何とか、なるよ。それに危なくなったら、すぐに逃げて来るよ」
俺は速度を上げる。敵の一団が巻き上げる砂煙の中、より近づく。しかし、呂布の乗る赤兎馬より速いなんて、まさに、『俺、速えー』であった。
テレポを使って奇襲することも一手とは想っておったが。敵はかなり密集して走っておった。テレポを使って割って入る隙間は無かった。俺の技を警戒しているのか? そうであっても不思議ではない。俺が憶えているのだ。当然、曹操も憶えていよう。そして、こんな珍奇姿の女を見間違えようはずもない。
とにかく、まずはお顔を拝見といこう。折角、呂布の旦那もいるんだ。拙速な攻撃はつつしむべきであろう。俺は、曹操達から5メートルほど斜め前、逆向きに走る己をイメージする。
直後、俺はそこにおった。そのまま逆向きに走りつつ、顔を確認する。確かに曹操であった。
任務完了。そう想った次の瞬間、曹操の隣の男の動きが気になる。その者が俺から見て最も近くにおった。目の焦点が合う。
「ゲッ。典韋」
と俺が想うのと、敵が馬をこちらに転じ、突撃して来るのが、ほぼ同時であった。巨体に似合わず、そのすぐ後には、馬上から、こちらにとびかかって来る。
俺はバックステップで何とかかわす。二度も同じ手は食わねえぜ。
そのまま互いに対峙する。
すると、その後ろから数名の者が現れる。曹操はいない。ただし、皆、いい体つきをしている。狙いは俺ということか。
なぜか、呂布までこちらに来る。俺が手振りで曹操を追えと伝えると、ようやく行ってくれた。
まったく、史実ではあんたはやらかしの果てに曹操に殺されているんだ。今回は、そうならぬように、ちゃんとやってくれよ。




