第2話 戦7
(視点は郭嘉です)
「夕暮れが迫っておるのに、結局、落とせぬのか」
殿の声が聞こえる。少し離れたところで、戦況を見つめておったが、殿に側に侍るように言われたのだった。
「郭嘉。策を申せ」
「退却すべきと存じます」
「戯言を申すな」
やはり、殿はあきらめきれぬのか。城塞攻めの戦況に加え、外に漢軍が至り、最早、逃げ場は無いとして、降伏勧告をしてきても、なお、心は変わられぬのか?
しかし、漢軍が黄巾側につくなど、想像だにせぬこと。彼らが近くに至ったのを知った時点で、共に黄巾を討たぬかと誘ったのだが。誘いに乗るか、様子見か、そのいずれかと想っておったが。まさか、こうなるとは。
「二人して元譲(夏侯惇)に謝らねばならぬな。軍略音痴のあやつの方が正しいなんてことがあるとはな。信じがたきことだ。しかも、死んでしまいおって」
己に返すべき言葉は無かった。殿の言葉は、下手な慰めを期待してのものではあるまい。幼きときから側らにおったという夏将軍と殿の間柄。何を申し上げても、さしでがましい物言いとなろう。
そして、それ以上に殿の言葉は己を混乱させるものであった。夏将軍が正しいとおっしゃる。しかしその殿に退却案を拒まれたのだ。
己が沈黙しておったからであろう。殿は再び口を開かれた。
「結局、あの女に負けるのか。初めて会ったとき、あの女の言うままに動いている我がおった。それが悔しくてのう。戦には勝てはせずとも、あの女を自陣に加えられれば良い。そう望んだのだが。それさえ、かなえられぬのか。あの女に執着したのが間違いであったか。関わるべきでない者であったか」
「もしかして、本当に黄天様のご加護があるのかもしれませぬ。そうであれば、この結果も致し方なきこと。天命(運命)の護持者たる黄天様には勝てませぬ」
「何を世迷いごとを。あのヒヨヒヨと飛んでおる奴だろう。あの者は我に対して姉を追うなと言うたぞ。つまり、あの女の妹だ。妖しき道術の使い手とはいえ、黄天様などではないわ。それより、策を申せと言うたろう。よもや、無いとは言わせぬぞ。郭嘉」
「申し上げました」
「退却など、当たり前のこと、童でも申すわ。いかにして、将兵の犠牲を出さずに、退却をなすか。それを申せと言うておるのよ。付け加えるならば、敵に煮え湯を飲ませる如き策をのう」
「愚策がひとつあります」
「似合わぬ謙遜は要らぬ」
「いえ、正真正銘の愚策であります。何せ、殿におとりを演じてもらわねばなりませぬ」
「いかなる策か」
「殿には、屈強な数名の将と共に、真っ先に逃げていただきます。全員、最良の馬に乗って。できるだけ速く。敵は追って来ましょう。しかし、追いすがれる者は多くありますまい。そのまま、自兵が駐屯する中継地まで逃げます」
「なるほど。誘引策という訳か」
「そうです。ただ、追いつかれれば、殿の命を危険にさらす愚策に他なりませぬ。私もお供しましょう。状況によっては、策を修正する必要もありましょうから」
「飛女のほかにもう一人、奇妙な術を使う者がおるとの報告が上がっておったな」
「はい。確かに」
「その者はかつて袁紹戦のとき、我を襲撃して来た。あのときは典韋のおかげで命拾いした。ただ、我の命を狙うこと、尋常でなきは明らかであった。何らかのいわくの憶えもない。無論、我はあんな変な姿で戦場をうろつく者など知らぬ。ただ、恐らくあの者は我を追って来よう。あれを殺せば、我の溜飲も下がるし、なにより」
「元譲様の仇討ちとなりましょう」
「うむ。あやつも我らが謝るより、そちらの方を喜ぼう」




