第1話 戦6
手鞠たちが築いた城塞のある巴郡は往時の益州にある。史実にて劉備は益州を中心に蜀漢を建てた。その首都成都から見て東側(荊州側)に巴郡は位置する。
旧暦の四月。気温は上がり、曇りの日が多くなる。この日も曇りであった。遠くないところを流れる長江は、曇天を移し、水面を陰鬱な色に染めておった。
郭嘉。
自軍の攻撃は夜明けと共に始まった。そして、今は昼時。
殿の執念のゆえか、はたまた、その生まれ持った幸運のゆえか、はたまた、その軍略の才のゆえか。
ついに、落ちるか。
少なくとも郭嘉にはそのように見えた。
そびえ立つ山を利用して築かれた城塞。その山肌にたくさんの自兵が取りついておった。彼らは、長バシゴを足掛かりとして、それが届かぬ先は自力で可能な限り上を目指しておる。
それは殿の命に従ったものであった。『ひたすらに上を目指せ。途中の穴には、それをふさぎうる兵を残すだけで良い。他の者は、ひたすら上へ』との。
あるいは、我らは、その山塞の威容ゆえに、必要以上に恐れを抱いておったのか。まさに難攻不落を現世に写した如くのその様に。
否、そればかりではあるまい。
恐らく、あの山塞が攻められるのは初めてではないか。それもこれも、その前方にあった八つの城塞群の尋常ならざる堅固さのゆえ。強勢な我らがその大軍をもってしてさえ、多くの犠牲を払って、ようやく攻略をなし得たるほどの。
しかし、それがむしろ仇となったのであろう。
あの女軍師がいかな城塞造りの天才とはいえ、最初からその弱点を全てつぶすのは、不可能ごと。攻められて初めて、 分かる弱みも少なくなかろう。そうやって、一つ一つ弱みをつぶしていく、その機会が無かったのだ。
フリチン。
段々畑の下にある横穴群。ここがまず主戦場となるはずだった。
俺は横穴から横穴へとテレポしながら、戦っていた。なにゆえか、敵は先の戦に比べ手ごわさを増しておった。まるで、こちらを不倶戴天の敵という如くの激しさで攻撃して来た。加えて、この敵の多さである。
全天とテレポを用いれば、倒せぬ相手ではない。しかし、まさに、きりがなかった。
とはいえ、こちらもこの本城塞を攻め落とされれば、滅ぶしかない。ゆえに、皆、必死で守っておる。志気で劣るところはない。また横穴そのものは、決して大きくなく、敵はその多勢を活かしきれておらぬ。ゆえに、多くの横穴では、入り口側を占拠されるも、それ以上の侵攻は許しておらなかった。
倫倫。
「敵が来るぞ」
「備えろ」
大人の男たちの声が聞こえる。
「大丈夫だ。倫倫。ここは上にある。敵はたくさんの横穴を攻略しなければならない。簡単には、至れないよ」
そう言うのは、私の手を取ってくれている清流お兄ちゃん。ただ、その手も声も震えておった。
やがて恐ろしき叫び声が聞こえた。更に、怒声。悲鳴。そして激しく物がぶつかり合う音。
私は恐怖のあまり、耳をふさいで座り込む。音は止んだ訳ではないが、だいぶ静かになった。ようやく見えているものに意識が行く。一つの光点が近づいておった。それは独特の色をしておった。そして、それは身近な者の一人が、普段の生活で放つ色でもあった。ただ、目が見えないので、私がここで言っている『色』と皆の言う『色』は別物かもしれないけれど。でも、誰だかは分かる。
「ペロお姉ちゃん」
私がそう言うのと、清流お兄ちゃんが、
「穴を掘って来たのか」と言ったのは、ほぼ同時であった。
「助けに来た。清流。倫倫をペロの背に乗せて、それから、これでしばりつけて」
「分かった」
私の手がペロお姉ちゃんの肩らしきものに導かれ、それから、その手でお尻を持ち上げられ、オンブの格好になる。何か柔らかいもの――布紐?――で、しばりつけられた。
たくさんの何か――鳴き声からすれば、動物だと想う――が、上、下、横とところかまわず通り過ぎる。
「清流。動物たちが出終わったら、あの穴から逃げて。たどって行けば、上の城塞部に出られるから。大人は無理だけど、清流なら通れるはず」
「ペロはどうするの?」
「白蓮が入口から助けに来てくれるはずだから、そっちから逃げるよ。倫倫をオンブしたままでは通れないからね。動物たちや大人の人たちと一緒にね」
確かに別の色違いの光点が近づいて来るのが、私にも見えた。
「おチビちゃん。いるの?」
白蓮お姉ちゃんの声が聞こえる。
「いるよ。そっちに行く。倫倫。これから敵の中を突破する。でも、安心していいよ。ペロはよけるのが得意だから、こうするのが一番、安全だよ。何せ、ペロはこれまで一度も敵の攻撃を受けたことがないんだよ。フリチンに教えたら、チートとか言ってたよ」
「チートお姉ちゃん?」と私が言うと、
「それはあんまり恰好良くないね。ペロの方がいいよ。その呼び名はフリチンにあげるよ。チート、チートってうるさいからね。それより、行くよ」
私を背負うペロお姉ちゃんの体がグンと動くのが分かった。それから、上下左右が分からなくなった。ペロお姉ちゃんは止まったと想えば動き、動いたと想えば止まる。動く方向もバラバラだった。
動きが激しすぎて、肩に置いていた手が外れてしまう。私は想わずペロお姉ちゃんの頭をつかんでしまう。頭にかぶる布だろうか? それが脱げたのだろう。私の体を支えきれず、危うく落ちそうになる。
「頭はダメだよ。首につかまって」
とペロお姉ちゃん。私は急いでそうする。
怒声と悲鳴が交錯する。物と物がぶつかり合う音も耳障りで、耳を塞ぎたくなるが、我慢する。
不意に焦げくさい臭いがする。丁度、前にあるペロお姉ちゃんの頭の方から。
「もう。白蓮。髪が焦げちゃったじゃないか。気をつけてよ。こっちは倫倫をおんぶしているんだから」
「ごめん。ごめん。おチビちゃんは当てようとしても当たらないから、平気かと想って。でも、倫ちゃんが一緒なら、気をつけなきゃね。とにかく、早く上に逃げて。段々畑の上で手鞠お姉さまが待っているはず」
再びフリチン。
別の横穴に移ろうと想った俺は、3Dマップを見て、ある異変に気付く。離れたところにあるはずの三つの光点が重ならんばかりになっておった。それぞれ、倫倫とペロと白蓮のはず。彼らに何ごとか、あったのか? しかも三人は横穴の外に出ておるらしい。
とりあえず、俺はそれ以前に倫倫がおった横穴にテレポする。それから入口に向かう。まずは戦っておる白蓮が見えた。こんな上まで敵が来ているのか。正直、驚く。
少し遠くには着ぐるみを着た者が、子供をおんぶしておる後ろ姿が見えた。恐らくペロと倫倫であろう。急峻な段々畑を通る道を軽快に駆けあがっておる。無事であったか。俺はほっと一息つく。しかし、オンブが好きだな、ペロめ、まったく負けず嫌いな奴だ。
「ここで防ぐぞ」
そう言って、俺は白蓮の隣で戦い始めた。黄巾の人たちやペロの鳥獣たちと共に。




