終話 状況の推移5―7
3Dマップが倫倫の能力と判明した翌日。やはり俺たちが手鞠に隈取をしてもらったあとのこと。小屋を出ると、清流がおった。
「どうした?」
「俺も隈取してもらえるのかな?と想って」
清流って、そういう趣味だったのか? その想いが俺の顔に出たのだろう。
「違うよ。強くなれるかなと想って」
「ああ。そうか」
倫倫から聞いたのだろう。試してみる価値は当然ある。「頼んでみれば。理由を言えば、手鞠はきっとやってくれるよ」
「一緒に頼んでくれないか。俺、彼女と初対面だし」
それもそうだと想い、一緒にお願いしたのだが。
「悪いけど、女性限定なのよ。私の隈取」と手鞠はつれない。とはいえ、本当なのだろう。戦力増強につながるかもしれないことを手鞠が拒むとは想えぬ。
その帰り、清流は気の毒になるくらい、しょんぼりと歩くことになった。
そうして、今や、俺フリチンは、段々畑の下の城塞部(横穴群)を守る黄巾の人たちとの共同訓練にいそしんでおった。訓練といっても、俺の動きに慣れてもらうのが主目的であった。そう、俺が目の前にいきなり現れてビックリしてしまい、戦うどころでなくなっては困るという訳だった。
倫倫には下の城塞部の一番上の横穴に留まってもらっていた。こうすることにより、3Dマップの共有が可能であった。清流には倫倫と一緒におってもらった。戦が始まれば彼女の護衛を委ねるつもりである。彼は隈取の件で失望したろうが、健気にも、それを引きずるところは見せなかった。
他方、ペロはといえば、上の城塞部――俺たちが最初にいろいろ試しておったところ――に、こもっておった。俺が様子をうかがいに行くと、中は何にしろ鳴き声がうるさい。下からだけでなく、上からも。
「外に土砂が積まれておったけど、掘ってるの?」
「手鞠如きには負けてられぬのだ」
とペロ。負けず嫌いは悪くないのだが、何か違う方向に行ってる気がする。そもそも、重要なのは下の城塞部――それをペロに言うかとも想ったが。しかし、動物たちをたくさん引き連れて引っ越してもらってもなあと想い、止めにした。
(以下、視点は郭嘉です)
天幕の中。早朝。
しまった。郭嘉はそう想わざるを得なかった。そして、失ったものが大きすぎるとも。
一つはもちろん夏将軍その人。
もう一つは『とき』。そのゆえは、将軍を失ったことにより生じた曹操軍中での決定的な変化のゆえ。将軍の生存時には確かにあった戦略の自由度が大きく減っておった。
軍師として長く仕えて来たゆえにこそ、郭嘉は策というものが、その優劣のみで採用・非採用が決まるものではないことを良く知っておった。
軍中には雰囲気というものがあり、それはより明瞭な形をとって、軍がまるで一つの生き物の如く、意思を有しておる如くになることもある。そして、その意思に反する策をいかに言上しようとも、採用されることはまずない。
今の曹操軍がそうであった。先に程昱・李典・于禁を失った。こたび、夏侯惇を失い、楽進を失い、荀攸を失い、劉曄を失った。兵の犠牲も増える一方である。
その復仇の念に軍中は包まれておった。親子・兄弟・友人・知人を失った者も多ければ、そうなるのも、当然である。しかも、総指揮官たる殿自身が、その想いに囚われておる。
ここで採るべき策は明らかである。それは先の軍議にて夏将軍が唱えたもの。今となっては、将軍の言葉は至言とさえ想える。得るものは少なく、失うものが大きい。
それを将軍が自らの命をもって示すことになるとは。聞くところでは先陣きって突撃したと。一番槍の功名を狙った訳でもあるまい。そのようなものを必要とせぬ軍中の重鎮である。敵のただ中に黒ずくめの女がおったと聞く。
あの女にこだわっておったのは殿であり、夏将軍ではない。そして、聞くところによれば、奇妙な術を使う女に倒されたと。その女はその術の力により楽進までも倒した。黄天様を自称する飛女に続いて二人目である。共に仙術の使い手であるのか? まったく次から次へと。
何故、己は先の軍議のとき、夏将軍に賛意を示さなかったのか? そもそもは自らの策であったにもかかわらず。想うに、己は自らの策に酔っておったのだろう。確かに少なからずあの飛女を抑え込むことはできた。己は自らの小略の実現にやっきになる余り、大略を見失い、その実現の機をみすみす失ったのだ。
今の軍中を見回してみても、撤退案に賛成してくれるような者は見当たらぬ。もし、夏将軍が生きておれば、あるいは、との物思いの中、目を血走らせ、諸将に怒声に近い荒々しき声にて命を与える殿の姿を黙って見守るしかなかった。かようになってしまった殿を止めることができたはずの男がおらぬ軍議にて。




