第1話 状況の推移5―4
ひとつの山を城塞化したここ。
上にあるのは雲だけという、その頂上近くの平たいところに、手鞠たちの住む小屋と俺たちが居候している学校があった。この学校は研究室も兼ねておった。
一つは陸仙姑おばあさんと組んでの研究のためのもの。今、そこでは薬造りに大忙しとなっておった。先の曹操戦との戦いで、負傷した者が多数おったゆえである。清流は薬造りにも興味があるらしく、ときどき手伝いも兼ねてのぞきに行っていた。どうやら、陸おばあさんにも気に入られたようで、色々と教えてもらっているとのこと。なぜか、白蓮がそのことを喜んでおった。やっと、私のことを放って置いてくれると。彼女によれば、陸おばあさんの話を眠らずに聞けるなんて、すごいと。
もう一つは黄おじいさんとの城塞造りの研究。こちらは室内のみで完了するものではなく、実際、外に造ってみて試すこともあったと。白蓮によれば、今、向かっている先にそれがあるとのこと。
確かに、そこは実験場めいておった。いかにも造りかけというものもあった。
ただ、俺たちはそこには入らず、もう少し下に向かう。白蓮いわく、「下にあるのは、さっきあったのとは違うの。『最後に守るべきところ。ただ、ここまで攻め込まれたら厳しい』と亡くなった黄おじいさんから聞いたの」
確かに、この下には段々畑が連なっておる。緑に見えるのは、麦であろうか。日々、暖かさを増す今の時期に稲はまだ早い。ここまで押し込まれたら、畑を失うことになり、糧食の確保は困難になろう。日本で言えば、本丸の守りに当たるのだろう。
白蓮いわく、あの段々畑の下がみんなの住居兼横穴とのこと。俺は先の戦いのとき、駆け下ったから分かるが、そこにはたくさんの横穴が掘られておった。
俺たちは、白蓮いわくの『最後に守るべきところ』に入った。先頭に立つ白蓮に導かれて、横穴の中を進む。
「ここはみんながいないから、試すのに丁度いいのよ。みんなは下の方を守っているので。それに、私、一応、黄天様ということになっているの。だから、あんまり、みんなの前に出ちゃいけないんだよね。出ると、みんなが騒いじゃうの」と白蓮。みんなとは黄巾の人々のことであろう。
ところどころ、燭台が設けられているが、節約のためであろう、火はつけられていない。代わりにという如く、白蓮が魔法で明かりを灯しておった。俺たちは夜目が効くので、不要といえば不要。ほぼほぼ、清流のためといえた。
一応、まとまって進む俺たちと異なり、ペロだけは、入ってすぐにあっちにウロウロ、こっちにウロウロと落ち着きがない。横穴というのは、動物にとっては大きめの洞穴みたいなものなのであろう。ねぐらにしておるらしい動物を見つけては、近寄らずにおれぬのが、ペロだった。そうして、ついに、どこかに行ってしまう。
白蓮の説明によれば、各々の横穴は後ろでつながっているとのこと。敵を誘い込んで戦い、危うくなったら、その連結道を使って逃げれば良いとのこと。俺たちは明かりがなくても見えるから、横穴内での戦いは更に有利になるという訳か。なるほど、俺は意を強くする。
そうして、進んでいるうちに、ふと耳元で声が聞こえた。
「倫倫。何か言った?」
「ううん」
まあ、確かに聞こえた声は倫倫のものではなかった。女の声ではあったが、低く、そして湿り気を帯びたものであり、なまめかしささえ感じられた。
「どうしたの?」と白蓮。
「声が聞こえた。白蓮には聞こえなかった?」
「なんにも」
「そう。俺の気のせいだろう」
横穴の中ゆえ、音が響きやすくなっているのかもしれない。
「ところで、試すって、何を」
「新しいスキルよ。蝶蝶は一番熱心にやっていたじゃない。憶えてないの?」
しばしの沈黙のあと、「ああ。ちょっとこっちに来た際に、記憶を失ったらしい」とついつい嘘をついてしまう。
「そう。じゃあ、仕方ないね。私が教えるね。私が朱の隈取すると、みんなの新しいスキルが発現しやすくなるの」
「新しいスキルって、どんな?」
「それは蝶蝶自身が考えるべきことよ」
テレポや全天みたいなものということなんだろうが。テレポも百パーセントでできるようになったし、新しいスキルって言われても、何にも想い浮かばない。これは難しいな。俺は勝手にチートスキル扱いしていたが、どうやら、辛抱強い試行錯誤が必要なようだ。俺のその当惑を察したか、白蓮いわく、
「実戦向きなんだよね。この前の戦いのときも、蝶蝶たちが助けに来てくれると知っていたら、お姉さまも朱の隈取を加えてくれたとは想うんだけど。でも、お姉さまは朱の隈取を私にするのを嫌うのよね」
それは分からぬでもない。何せ、血を用いるのだから。しかも、白蓮の如く純白の顔なら、それを汚す気がしても不思議ではない。




