第1話 状況の推移5―1
「ペロ。感心だな。今日も行くんだな」
救出作戦が終わってのち、ペロは手毬の見舞いに行くのを日課としておった。俺とペロは学校の一部屋を住居として、あてがわれておった。曹操との戦が始まって以来、学校はお休みとのこと。そこから手毬と白蓮の住む小屋はほど近い。
手毬は自らの傷に加え、少なからず犠牲が出たことにより、精神的に落ち込んでおり、伏せっているのだと白蓮に聞いた。丘城塞に立て籠もったおった部隊及びその救出に赴いた部隊において、三割ほどが亡くなり、また、共にこの城塞を造り上げた黄おじいさんも戦死しておった。
白蓮は、俺が蝶蝶だと想っておるのだろう。人なつっこく話しかけて来る。中の人格が俺に変わったとは、まだ伝えていない。猩猩様とペロに伝えたのも出会ってからしばらく後であった。手毬と白蓮に伝えるのも、もう少し時が経ってからで良いと想っておった。何せ、曹操の攻囲はまだ続いておった。俺の話を聞いても混乱するだけであろう。蝶蝶として接してくれれば良いし、その方がありがたかった。俺は新たに人間関係を作り上げるのが得意ではない。
そんなとき、朗報が届いた。猩猩様が到着したと、ペロの伝書鳥を用いて報せてくれたのだった。その伝書鳥は自分で配達先の人物――今回はペロ――を見つけ出せるように、訓練してあった。
呂布の騎馬軍も彼女より先に到着しておるとのこと。ただ、少し離れたところにおるとのこと。
そして彼女からの文で驚いたのは、清流と倫倫も無事着いたというもの。清流は馬に乗れなくもないから分かるが。「倫倫はどうしたのだろう」そう想わず、一人ごちた。
一緒に手紙を見ておったペロいわく、
「ペロが頼んだんだ。連れて来てって」
あれ。こいつ。猩猩様が太っているから遅いなんて言ってなかったっけ。俺はペロを見る。その視線から、俺の疑念を察したらしく、ペロはペロリと舌を出してみせた。
まあ、確かに最強の護衛であるし、倫倫をダッコしたのかオンブしたのか分からぬが――恐らく後者であろう――それでたいして猩猩様の走る速度は変わらぬだろうとは想うが。何よりペロと猩猩様は俺なんかより、ずっとつき合いが長い。
伝書鳥の返信にて、猩猩様に、俺たちが既に城塞に入っていると伝えると、次の如くの頼みごとが来た。
己も戦いに参加するつもりである。ただ、そうなると、清流と倫倫を安心して託せる者がいない。なので、城塞に移せないかとのこと。俺とペロが城塞に入ったルートがあるのだろうと見越してであろう。
なので、俺は城塞の裏の山岳を登れば入れることを伝える。それから、何度かやり取りして、月の無い夜――俺たちは夜目が効くので――の決行を決めた。
その当日、俺たちは山岳のふもとで待っておった。時折、獣の鳴く声が夜天にこだました。漆黒の闇の中、人影が姿を現した。体格から猩猩様であろうと見当がついた。一人?
清流は背負われ、倫倫はヒモで結ばれダッコの格好であった。
そうやって来たのが恥ずかしいのか、清流が「俺は夜、見えないから」といい訳がましく言う。
倫倫とペロは抱き合って、久しぶりの再会を喜んでおった。
山岳を登るのに適した身軽な俺とペロが、各々清流と倫倫を背負う手筈であったのだが、まず、倫倫をペロの背にヒモで結びつける。険しい山岳ゆえ、登るに際し、足だけでなく手を使う箇所もある。ヒモはそうしたときに備えてのものだ。
そうして、俺の番。ただ、なぜか清流は背に乗って来ない。
「おい。どうした。清流」
そううながすと、ようやく乗って来る。その際、清流の手が俺の胸に触れたと想うと、慌てた様子でどかす。なるほど。清流にとっては、少し年上のお姉さんの体にほかならず、それで恥ずかしがっておるのか。まったく、一丁前に照れやがって。そうして、清流の体を猩猩様がヒモでしばりつける。
「では。頼むぞ。無事に着いたら、連絡してくれ」
猩猩様はそう言って、ポンと俺の肩を叩く。
「あれ。来ないの」とは俺。てっきり一緒に来てくれるものと想っておったのだ。先の三将との戦いから強力な相棒は必要だと想っておったし、それに誰がふさわしいかといえば、猩猩様をおいて他にはおらぬ。
「ああ。正直、こんな崖のようなところを登りたくはない。それに我の体重を支えられるほどの足場が確保できるのかというのも気になるところ。ただ、何より奉先(呂布)殿の方を手伝いたいと想っておる。その方が戦力バランスとして良いだろう」そう言われれば、俺もわがままを言えぬ。彼女は続け「そっちには手鞠も白蓮もいるし」
ペロが猩猩様との間に割って入って、自分もいるとアピールする。
「ペロもな」と猩猩様。ペロの顔に満面の笑みが広がる。
「ペロはあの夏侯惇に頭突きをくらわし、ノックアウトしたんだぜ」
多少盛って俺が言うと、
「そうだよ。ペロもやれるんだ」
「すごいな。ペロ」そう言って、猩猩様がそのくせっ毛を撫でると、ペロは顔をクシャクシャにして喜んだ。




