第2話 戦4
その者は、夏侯惇の死体のかたわらに立つと、拱手して一礼する。
「僭越ながら、わたくしめが元譲殿の仇を果たしたく存じます。しばし、お待ちくだされ」
それからこちらを向く。俺は少し後ずさりして距離を保つ。
「我は陽平郡衛国県を出自とし、姓は楽、名は進、字は文謙。殿が大義を掲げ挙兵されたとき、それに賛同し、馳せ参じた。それ以来、その幕下におるを許されておる」
大義だと?
「いかなる大義か」
想わず尋ねる。少し気になったのだ。史実では自らの下に献帝を庇護したこともあり、その掲げる大義は漢朝の復興とか盛り立てとかそんなものであったはず。
「我ら士大夫にとって、より良き世にするために、とおっしゃっておられる」
俺たちが歴史に関わったために――献帝は俺たちの側におった――曹操の考えが変わったのか? とりあえず、肝心なことを聞くことにする。
「そこに黄巾は入るのか?」
「入る訳ないであろう。黄巾は殿の道をはばむ大悪人。そなたが黄巾に与する事情は知らぬ。ただ、奴らを助けることもまた大罪。その命をもってあがなうが良い」
と述べる。要はやり合おうってことだ。そして、自分たちだけ良ければ良いってやつだ。何が大義だ。
楽進の身長は高くない。今の俺と同じくらい。百六十センチくらいか? ただ、がっしりとした体つきであり、また胸板が異様に厚い。身軽さを重視してか、革鎧に身を包む。
そうして、左右の手に持つは双剣。左利きなのか、左に持つ方が長い。右は短く、更に逆手に持つ。
双剣については、猩猩様のこともあり、興味を抱いておったところ。ちょうど良い。何せ、猩猩様とは本気でやり合うことはできぬ。
大太刀や槍の使い手に比べれば、敵の間合いは短い。ただ、それゆえにやりやすいとは限らぬ。接近戦に持ち込んでも、双剣の間合いをつぶしきれぬ可能性があった。
まずは足元か。誰しも防ぐが困難なところ。俺はそこにスライディングしている自分を想い描く。次の瞬間、敵を転ばしておった。ただ、俺自身も慌ててしまい、次の動きをすぐにイメージできなかった。急ぎ、距離を取る。一発目から見事に成功するとは。
相手も面食らっておるようであった。無理もない。
同じ敵に同じ攻撃のテレポは発動しないことが分かっておった。なので、より上の方を攻めることになるのだが。
頭への攻撃は、切り札として最後に取って置こう。横っ腹に蹴りをぶち込んでやる。その様を想い描くや、俺の体は相手の至近へ。そのまま蹴ろうとするが、理解しがたいものが目に入り、慌てて蹴りを止め、何とか再び距離を取る。
そうして見ると、相手は自らの体を舞いの如く回転させておった。しかも、双剣をひらめかせつつであった。下手に蹴り込んでおれば、自ら足を斬られに行くようなもの。罠に等しい。
どうする? 残されたのは頭への攻撃。しかし、なぜ腹への攻撃を勘づかれたのか。そう想い、ハッとする。目線か。俺の目線から読んだのか? イメージするにしろ、見た方がやりやすく、俺は攻撃をしかけようとする相手の部位をついつい凝視しておったのだ。
ならば、とばかりに、俺は相手の足を見つめる。そうして、側頭部を横から蹴る様をイメージする。俺の体は地と平行になり、かつ、頭と同じ高さへ。そうして蹴る。確かに当たった。ただ、頭ではなかった。肩であった。相手は飛び上がったのだ。恐らく足への攻撃があると予想し、それを避けるために。相手はバランスを崩すも、すぐに立ち直る。まったく何て頑丈さだ、呂布との試合が想い出される。やはり頭にしか致命的なダメージを与えられぬのか?
再び対峙する。どうする? 俺は少し迷う。それを好機と見てか、敵は攻め込んで来た。間合いは近い。左の剣で斬り込んで来て、俺はすんでのところでかわす。それが何度か繰り返された。逆手に持つ右の剣は使わぬ。
テレポは使わずとも、ほぼ同じ身長であれば、更に一歩踏み込んで、フックを顔面に叩き込むことも不可能ではないが、その至近距離でも右の剣の間合いはつぶせぬであろう。それを振るって俺を斬り刻むときを、手ぐすね引いて待っておるのだ。こやつは。
まったく、誘うが如く接近戦を仕掛けて来やがる。よほど自信があるのであろう。確かに身長が低ければ、当然リーチも短い。他の巨漢ぞろいの武将と相対するとき、おのずと接近戦で戦う方が有利となり、そこを磨いて来たのであろう。
どうする? 背中から蹴るか? そこで、俺は一手、想いつく。今度は腹に目線をやる。これは試していない。
果たして、相手はどう出るか? 先のやり合いで、俺の目線通りの攻撃が来る訳ではないと分かったはず。そうして、イメージする。俺の体は空中で前方にくるりと回転しておった。そのまま俺の渾身のかかと落としが決まる。奴は剣をひらめかせつつ、回転ジャンプをしてみせておった。最初の逃げと次の逃げを混ぜ合わせた技であった。何て、身体能力だ。俺の蹴りは、その兜ごと頭蓋骨を陥没させた。上段からの攻撃は予期できまいと考えての俺の選択であった。
この戦いで、テレポは百パーセント成功した。まさにくまどり様様であった。それに髪を解いた効果もあるのであろう。手鞠が言った如く、これが俺の完成形。猩猩様も『乱れ髪の蝶蝶』と言っておった。
にもかかわらず、これほど苦戦するとは。まったく三国志の武将たちの強さときたら。俺の憧れの相手であれば喜ぶべきなのか、戦う相手であれば悲しむべきなのか。いずれにしろ、俺はほっと一息ついた。




